依頼品の武器も届けた。探索で入手した不用品を売りに質屋も行った。あとは家に帰るだけ。
暖かい空気と身軽な体になんとなく嬉しくなりながら大通りを歩いていると、ふわり、と肩のあたりが暖かくなった。
「おねーさんおねーさん」
耳朶を打つ声。横目で肩を見れば、其処には先日森で出会った火の精霊(小人版)が居た。
あまり口を動かさないように気をつけながら、小さな声で火精へと声をかける。
「とかげさんか。どうしたの?」
私の言葉に、火精はげんなり、とした表情をした。
「貴女までとかげさんと言いますか……」
「いやほら、もう定着しているからつい」
「まあ、名前など付けられても非常に困るのでありますから構わないでありますが」
火精に固有名詞をつけてしまうとその存在を縛ることにも繋がるので色々と不都合が生まれる。なので私は契約する気の無い相手に勝手に名をつける、という行為は基本的にはしない。
はあ、と火精はため息をつくと首を振る。雛姫嬢に呼ばれても気にならないのに私に呼ばれるのは不本意らしい。理不尽な。
「で、どうかしたの?」
気を取り直してそう問えば、居住まいを正す気配がする。気配な理由は簡単。私の肩の上での話なので正面を見て歩いている現状ではあまり良く見えないのだ。横目で見続けるのに疲れたとも言う。
首を捻れば良い話なのかもしれないが、火精が他者に見えているのかが良く分からない状況ではあまりしたくはない。
別にこの町で見えない振り等する必要性が全くと言って良いほど無いのは分かっているのだが、こればかりは身についた習性なので仕方が無い。
そんな事をつらつらと考えていると、真剣な声で火精は話を始めた。
「お姉さんにお願いがあるので来た次第であります」
「お願い?」
「そうなのであります。
 故郷に一度戻りたいので手伝って欲しいのであります」
「精霊界経由で転移すればいいんじゃ?」
私の言葉に火精は首をふる。
「それは避けたのであります。
 私のような弱い精霊は一度精霊界に戻ったら再度物質化するの大変なのであります」
「人はそれを自業自得と言う」
「私は人ではないので良く分からないのであります」
しれり、とそう返す火精。私はため息を吐きながら言葉を返した。
「分からなくても分かって欲しいところなんだけど。
 ただ、貴方が何処からどうやってここに来たのか分からないのに、どうしろと」
「だからこそおねーさんに協力をお願いに来たのであります。
 それに、心当たりも無きにしも非ず、なのでありましょう?」
こちらの思考を見透かしたような言葉に一瞬言葉が詰まる。
精霊は見た目や行動などに誤魔化されてはいるが、非常に観察能力に長けている。そのことを嫌というほど知っているはずなのに、未だにこうして動揺してしまう。まだまだ未熟だ。
……確かに無いわけではない。無いわけではないのだが正直気が進まない。面倒事に首を突っ込むことに繋がるからだ。
「面倒、と言ったら?」
「雛姫ちゃんが悲しむでありますよ?」
私の抵抗を封じるように、にっこり、という擬音がつきそうな笑顔で火精はそう返してくる。
それを言われるとぐうの音も出ない。諦めの混じったため息が口から出た。
「まったく。流石は精霊殿。よく目端が利いておいでで」
「私も困ることでありますから。
 一度故郷への道が確定すればエネルギー切れを気にせずに雛姫ちゃんと遊べるのであります」
皮肉交じりの言葉も火精はさらりと受け流してそうきっぱりと言った。
うん、雛姫嬢愛されてるなぁ、本当に。
私はため息をもうひとつついて意識を切り替える。こうなったらさっさと仮説を立証してしまおう。
「すべての基本は現場百回。
 もう一度あの森に行きますか」


77.妖精


「と言うわけで、第一回捜索兼を事情聴取を始めたいと思いまーす」
「じじょーちょーしゅ?」
「はい。簡単に言うと、雛姫嬢がとかげさんを拾った時のことを教えてください、という事です」
小首をかしげて問い返す雛姫嬢。ちょこん、と草の上に座って膝の上に火精(とかげ版)を乗せている姿はとても愛らしい。
絵本とかの挿絵にありそうな光景に緩みそうになる頬を頑張って引き締める。
「とかげさん見つけたときに、そばに何か見慣れないものあったりしたかな?」
ふるふる、と首を横にふる雛姫嬢。
「見つけたとき、どんな感じだった?」
「真夜お姉ちゃんと会った木の所に、とかげさんが倒れていたの」
「側には誰か居た?」
ふるふる、と首を横に振る。
「そっかー」
「ごめんなさい、なの……」
しょんぼり、として雛姫嬢は謝ってくる。
「仕方が無いよ。大丈夫大丈夫。地道にゆっくり探そう」
なでなで、と雛姫嬢の頭を撫でてから立ち上がる。
意識を切り替え、慎重に周囲をゆっくりと見回す。あれから数日経っているとはいえ何かしら痕跡が残っていたとしてもおかしくは無い。
おかしくは無いのだが……正直水やら土やら風やらの力が溢れていて訳が分からない。
「大丈夫、なの?」
「正直よく分からないけど、想定の範囲内かな。
 これからもう少し詳しく探すね」
雛姫嬢の心配そうな声に笑顔でそう返すと、私は持っていた荷物を降ろし、装飾品や武具を取り外しはじめる。
「お姉ちゃん!?」
驚いたらしく雛姫嬢が声を上げる。
「大丈夫。金属製品とか外した方がよく見えるきがするから脱いでいるだけだから気にしないで」
鎧類を脱いで、身に着けているのは町から支給されている水色のワンピースのみ。ついでに靴も脱い裸足で大地に立つ。風が肌に触れて気持ちいい。少し寒いけど。
金属を身につけずに直接風や大地に触れると感覚が凄く鋭くなる気がするのだ。多分本当に気分的なものなのだろうけど。
次に視点をあえてずらして視界をぼんやりとさせる。自分を中心に、ゆっくりと意識を拡散させるようにして周囲の気配を探っていく。丁寧に探る、探る、探る。
ふと意識の隅に引っかかった、土の傍に感じる仄かな火の痕跡。遠くに続く痕跡を追おうとゆっくりと其方に足を向け……ようとしたらぐっとスカートを引っ張られた。
「真夜お姉ちゃん、危ないの」
「【おねーさん、起きているのに寝ぼけているのでありますか?】」
はたと我に返ると、目の前に大きな木があった。引っ張られなかったら思い切り正面衝突していただろう。
「ありがとう、危なかったよ」
「どういたしまして、なの」
雛姫嬢の頭をそっと撫でると、嬉しそうに笑ってくれた。ああ、和むなぁ。
「【何か見つけたのでありますか? 急に歩きだして】」
「こっちの方……ほんの少し火の気配が残ってるから、多分貴方はこっちの方から歩いてきたんだと思う」
私の示したほうへ皆で暫く歩くと、木々が少し開けた所に出た。
ぽかりと空いた空間の真ん中に、綺麗なサークルが描かれた場所があった。
これは間違いなく妖精の輪だろう。かなり丁寧に作られた大掛かりな転移装置だ。
そこにはそんな見事な妖精の輪があった。あったのだが……
「うあ、焦げてる、ね」
綺麗な円の一部が見事に焼け焦げている。一部のきのこは消し炭だ。これでは妖精の輪の機能は果たさないだろう。
そうなるとこの輪の設置者は、間違いなく……
不意に感じるピリピリ感じる気配。文字通り「空気が変わった」。
そろりと後ろを振り返ると、複数の風の精霊が居た。透明な翅がきらきらと光を弾く姿がとても綺麗。
綺麗なのだが。纏っている空気が非常にピリピリしている。この子達が妖精の輪を設置したので間違いないのだろう。
「とんぼさん、何だか皆怒ってるの……?」
「……怒っているねぇ」
それはまあ怒るだろうね、とは口には出さない。
風精としてはせっかく設置した妖精の輪が破壊されたのだから、怒っても仕方が無いと思う。
「【何で妖精の輪を通過したあげく焼いたの】」
ぼそぼそと火精に聞く。火精は火精でひきつった顔で明後日の方向を向いている。怖くて風精の方を向けないのだろう。
「【だから覚えて無いのであります……寒くてくしゃみをした記憶ならうっすらあるのでありますが】」
「【つまりうっかり妖精の輪に入ってワープした揚句、妖精の輪を抜ける際に気温の変化でくしゃみしてうっかり炎の制御ミスった可能性があると】」
「【怖い事をはっきりと言わないでほしいでありますっ!】」
「【現実を直視するのは必要だと思う】」
気温と湿度の変化に伴い火精自身も弱体化してそのまま倒れていた所を雛姫嬢に拾われたというところだろうか。
「【何しに来たのよ〜!】」
「【せっかく頑張って作ったのに壊して酷い!】」
「【不可抗力であります!】」
慌ててそう言う火精にますます風精は頭にきたようで、ぴりぴりとした空気と風が更に強くなる。
「【苦労して作ったのに〜】」
「【此処までやっと大きくしたのに〜】」
「【こっちこないで】」
「【あっちいってよ〜】」
ざぁざぁ、と風が騒ぐ。ぴりぴりとした空気が神経に触る。
いつもなら「煩い」の一言で済ますが、流石に雛姫嬢の前では拙いだろう。
さーどうすんべ、等と考えていると、雛姫嬢が思いもよらない行動に出た。
「けんかは駄目なの〜〜!!」
普段の彼女からは考えられない声量で精霊達に叫んだのだ。
雛姫嬢が叫ぶと、びっくりしたのか周囲で騒いでいた精霊達がぴたりと大人しくなった。
「けんか、するのは、駄目なの……」
一転、細い声でそう言いながらぽろぽろと悲しそうに涙を流す雛姫嬢。
「【だって……】」
「【ねぇ……】」
さわさわ、と風が勢いを弱めて囁く。困っている様だ。
雛姫嬢は、ずっと抱いていた火精に言う。
「とかげさん、ちゃんと、とんぼさんに謝るの」
「【……不注意で焦げさせて申し訳なかったであります】」
ぺこり、と頭を下げながら謝る火精。
「とんぼさん、とかげさんちゃんと謝ったの。許してあげてほしいの」
今度は風精に向かってお願いする雛姫嬢。
「【……仕方無いなぁ】」
「【泣かれちゃぁねぇ〜】」
「【次は気をつけてよ〜】」
「ありがとうなの、とんぼさん」
文句言いつつも納得する風精達。
雛姫嬢は言葉は分かっていないはずなのに、ばっちり意思疎通が図られている。凄い。
風精を妖精とか言わずにとんぼさん、という雛姫嬢の感性も凄い。非常に的確だし可愛いので問題も無い。
大体当事者が否定しないのだから良いのだろう、とんぼとかとかげとかで。
仲直りした風精と火精と一緒に遊び始めた雛姫嬢を見ながらそんな事をしみじみ思ったのだった。


おまけ
真夜「あとは妖精の輪の修理すれば万事解決かな?
   修理には地の精霊の力もあると早いけど……う〜ん」
雛姫「地の精霊……?」
真夜「キノコや草や木とかを元気にしてくれたり、地面を草木の育ちやすいようにしてくれたりするの」
雛姫「なら大丈夫なの。みみずさーん(ぺちぺち地面を叩く)」
真夜「いや、ミミズじゃ……」
みみず?「【呼んだかい?】」
雛姫「みみずさん、来てくれてありがとうなの〜
   ……真夜お姉ちゃんどうしたの?」
真夜「ナンデモ、ナイヨ(みみずの精霊……なんか幻想生物に謝れ、という電波が来た気がする)」



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