ドラゴンカフェの中は案外広い。
普段使っているのはホール部分がメインだが、元々が王家の別荘を借り受けているのだから、客間っぽい小部屋や倉庫など設備はきちんとあるのだ。
ホールから近い部屋は荷物置き場などになっているのは、まあ仕方が無い事だろう。
ホールから離れた、普段なら人が近寄らない小さな部屋。
そんな一室から、僅かな灯りと楽しそうな笑い声に気が付けたのは偶然だったと思う。
手に持っていた灯りを消し、そっと足音を消して部屋へと近づく。そうっと覗き込めば、ふわふわと踊る幾つもの小さなウィル・オー・ウィプス。蛍のようなその光は、見慣れない人なら人魂と言いそうだ。
その光精を光源に、その部屋で金糸の幼子が何かをやっていた。
「雛姫ちゃん?」
そうっと声をかければ、びくりと可哀想な位に驚いてこちらを振り返る雛姫嬢。
『……真夜おねえちゃん』
「驚かせてごめんね?
 こんな所でどうしたの?」
私の問いに、暫く言いにくそうにもじもじする彼女。
かわいいなぁと和んでいると、ようやく言う決心がついたらしく私の服の袖をきゅうと握った。
『……おともだちに、バイバイしてたの』
「おともだちって……?」
雛姫嬢の前を覗き込めば、茶色の服を着た小さな精霊、ブラウニーが其処に居た。
「……もしかして、茶色い服を着た、小さいお友達?」
そう問えば、雛姫嬢は吃驚した顔で私を見つめた後こくりと頷いた。
そういえばブラウニーは子供の前には姿を現しやすいんだっけ。
子供で龍なのだから友達になれても不思議は無いか。
そんな事を考えながら、久々に姿を現したブラウニーを見つめる。
初めて会った時と違い、酷く弱った姿に心が痛んだ。

実は此処、建物の精霊であるブラウニーが居たりする。
元々この建物は王家所有の別荘だったが、先日長年管理をしていた管理人が老衰で亡くなり、もう建物も古いからと取り壊す予定だったのだが、壊そうとしたら正体不明の妨害が入り壊すに壊せなかったらしい。
で、其処に手ごろな物件がないかと私が役所に問い合わせをした、という所だ。
役所の黒子さんズに善戦したとは恐るべしブラウニー、と持ったのは内緒だ。
とはいえ、この朝町の不調でブラウニーも酷く弱っていて、精霊界に戻れと説得はしていたが、中々聞き入れてもらえず難儀していたのだ。
……最終手段と服まで贈ったのに帰ってくれないだもんなぁ。

「お友達、帰りたくないって言っていなかった?」
そう問えば雛姫嬢は俯いて、握っていた私の服の裾をぎゅぅ、と更に強く握った。
『消えちゃったらヒナ悲しいのって一生懸命お願いしたら、分かってくれたの』
「……そっか。偉かったね」
そっと頭を撫でてあげると、くしゃりと顔を歪ませてぎゅうとしがみついてきた。
「【……今までありがとう。また会えるといいね】」
ブラウニーに手を伸ばすと、その小さな手で私の指に触れてからすぅっと消えた。
帰ったか……これでこの建物の解体を止めるものはなくなってしまったなぁ。
ブラウニーが戻ったのなら、耐久度の観点からもこの建物はもう持たないだろう。あの子の力で今まで持っていたようなものなのだから。
何とか次の物件も見つかったのだし、早急に引越しの用意をしないと。
そんな事を考えていると、こちらを見上げる雛姫嬢と目が合った。
『真夜お姉ちゃんは、みんなが見えるの?』
「そうだね。見ようと思えば見えるよ」
『はねちゃんは、普通の人は見えないって言ってたの』
「……そうだね」
羽堂様はエルフな訳だから、例え見えなくても気配を感じる事は出来るのだろうから、だからこその言葉だろう。
エルフって魔法使いとか精霊使いの素養がある人多いからなぁ。
『どうして精霊さんを見える人と見えない人がいるの?』
……これはまた、難しい質問だ。
そういうものだから、と言うのは容易いのだけれど、何となくそれも躊躇われた。
「そうだね……」
ぐるり、と周囲を見渡す。部屋の端にあった棚が視界に入った。私の身長より少し高い位の大きさなので丁度良いだろう。
そっと雛姫嬢の手を解き、棚へと近づく。
髪につけていた髪留めを外し、その棚の上に置く。
「雛姫ちゃん」
手招きをして雛姫嬢を呼ぶ。きょとん、とした顔でてくてくとこちらへと歩いてくる。
「今棚の上に私の髪留めがあるんだけど、見える?」
ふるふる、と首を振る彼女。まあ、私の腰位の彼女が見えないのは当然だろう。
「それじゃあ……ちょっとごめんね?」
そう声をかけて彼女を抱き上げる。腕に座らせる様な形にしたので雛姫嬢の視線は私の身長より高くなった。
「今度は見える?」
『うん。見えるの』
そう言って彼女は手を伸ばして髪留めを取る。
「今髪留めは見えたわけだけど、棚の下にあるものは今見える?」
『ううん、見えないの』
「みんなもその髪留めや棚の下と一緒だよ。
 其処に在るけれど、見える人と見えない人が居るんだよ」
それを知らなかった頃の自分を思い出して軽いめまいを感じる。あの頃は我ながら世間知らずだったと思う。
「人も龍も、皆それぞれ見えるセカイは違うんだよ。
 自分が認識()えるセカイを信じるのは簡単だけど、認識()えないセカイを信じる事が出来ないヒトもたくさん居るんだよ」
自分達と違う存在を許容できない場合、発生するのは異端の排除。
自分と同じ種族だという事を認められず『魔女』だの『悪魔』だの言って排除する。
「ここの町ではそういうのはほとんどないけど、ね」
この町は半端じゃなく許容範囲が大きい。王家の性質なのか土壌の結果なのかは知らないが。
理由はどうであれ、平和に過ごすには丁度良い環境なのだから問題はない。
『……よく分からないの』
「分からなくて良いんだよ。
 ……知らなくても良い事は沢山あるから」
知らないで済むなら、知らない方がいい。
欺瞞だと、完全なるエゴだと思う。けれど、この町を出る事が無いなら知らない事に何の問題もない。わざわざ教える必要も無い。
眉を八の字にして悩む雛姫嬢の背中をぽんぽん、と軽く叩いて床にそっと下ろす。
「そろそろみんなの所に戻ろう。
 心配しているよ」
笑ってそう言えば、彼女はこくりと頷く。彼女の手を取り、そっと部屋の外へと促す。
彼女の小さな手を引きながら、切に願う。
この無垢な赤い()が曇る事が起きないように、と。

……彼女の主ではない私が願うのもおかしな事だと思うけれど。



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