45 ドレス
カランカラン
店の出入り口に設置してあるドアベルが音をたてる。
其方に視線を向けると、雛姫さんが立っていた。
「こんにちわ、なの」
「いらっしゃいませ、雛姫さん。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、なの」
雛姫さんには今日は客引きを手伝ってもらう約束になっていたのだ。
今日は店主と私しか家に居ないのだ。何でも用事があるらしい。
「間もなく店主も来ると思うんだけど……ちょっと呼んでくるね」
こくり、と雛姫さんが頷くのを確認して、居住スペースへと移動する。
居住スペースの一番奥にある店主の部屋の前に立ち、こんこん、とドアをノックする。
……返事が無い。
「店主?」
声をかけても返事は無い。おかしいなぁ。寝ているのかな?
「店主、入るよ〜」
一応もう一度声をかけてからドアを開ける。
目に飛び込んできた光景に絶句した。
寝てるのか、という予想はある意味近かったかもしれない。
床に店主がうつぶせで倒れていた。
服装はいつものエプロンドレスではなく、真っ白なふわふわとしたドレス。
右手にはスリッパ。
周囲には新聞紙が散乱していた。
「店主っ!?」
慌てて駆け寄り抱き起こす。額には直径5センチ位の赤い痣がついていた。
首に触れてみる。脈は無い。
すぅっと血の気が引く。カタカタと指先が震えるのを、拳を強く握る事でごまかす。
大きく数回深呼吸して何とか落ち着きを取り戻す。
「おでこに外傷あるから事故死と言う事で蘇生は可能かな……」
着替えさせるのも大変だし、復活の書でさくっと蘇生させるのが早いだろう。
「とりあえず雛姫さんに一旦帰ってもらって、質屋に行こう。うん」
そう呟いてから、そっと店主を床に下ろして店へと戻った。
* * *
「よりにもよって、復活の書1冊も売って無いってどういう事……」
質屋にも無い。一般売りもされていない。よりにもよってお試しダンジョンも整備中。
もしかしてと店主の部屋の棚も見たが無かった。
「運が悪すぎるよぉ」
はぁ、とため息をついていると、電話が鳴りだした。
「はいはいはいっと」
小走りに電話へと駆けて行き、受話器を取る。
「はい、129番地です」
『羽堂と申しますが』
「あ、いつもお世話になっています〜
只今店主は席を外しておりますが、どのような御用件でいらっしゃいましたでしょうか」
『いえ、雛姫が早くに戻ってきたので何かあったのかなぁと』
「すみません、ちょっと予想外の事態があったので……」
先程の光景を思い出して声が震えそうになる。が、何とかこらえる。
「羽堂さん……その、復活の書の予備なんてありますか?」
『いえ、この間まとめて売ってしまいましたが』
「そーですよね……」
当然だろう。羽堂さんはエルフ。復活の書は使えないのだから取っておく必要はない。
暫く悩む。復活の書は無い。だからと言ってあの姿の店主を誰か蘇生できる人に連れて行くにも辛い。
悩みに悩んで……縋るように言葉を発した。
「済みません、出張蘇生お願いできますでしょうか」
* * *
「……聞いていいですか?」
「何でしょうか」
「いったい何があったのですか?」
「私も知りたいです」
真顔の羽堂さんに、私も真顔で返す。
どうしてドレス着ているのとか、なんでスリッパ片手にとか、死亡原因なにとか。ツッコミを入れればキリがない。
「いったいどんな事が起きてこんな状態になったのか本当に分からないんですよ困ったことに。
事故死にしても殺人にしても、こうなったら死んでいる本人締め上げて吐かせたほうが早いですから」
「朝町ならではですね」
「強盗殺人と蘇生が大手を振って認められていますからね……」
これがミステリー小説とかだったらストーリー崩壊しているだろう。
「状況的に自殺の線は薄いので蘇生は可能ですよ。
ただ、この分だとあと数時間もすれば生き返ると思いますよ?」
羽堂さんの言葉に、私は首を横に振る。
「いえ、蘇生をお願いします。
……怖いんです、店主が動かないのが」
手を伸ばして店主の手に触れる。
「このまま放って置いても生き返るのは知っていても、怖いんです。
このまま店主が動かなくなったら……居なくなったらどうしようって」
いつもと違う固く冷たい感触。店主の手は冷たい事が多いけど、いつもは柔らかいのに。
「いつもならすぐ復活の書で生き返えるのに。復活の書が今日に限って無くて」
その感触が酷く辛くて……頭がくらくらする。
「可笑しいですよね。前のアシャン姉様に比べたら全然不安になる必要ないって分かっているのに。
間違いなく店主はここに居るのに。居なくなったらどうしようって、怖くて怖くてどうしようもなくて」
「アニスちゃん」
ぽん、と肩を叩かれてハッとする。
顔をあげると、羽堂さんが力強く言った。
「大丈夫。エルフ秘伝の蘇生術、近くば寄って目にも見よ、です」
* * *
むくり、と店主が身を起こす。蘇生術がうまく行った様だ。流石は羽堂さん。
どことなくぎこちない動きなのは蘇生したばかりだからだろうか。
まあ、そんな事はどうでも良い。私はぽん、と店主の肩をたたく。
「さーて、サクサク自供してもらっていい?」
笑顔で言えば、店主の顔がおびえる様な……泣きそうにも見える変な表情になった。
「……ごめん、アニス」
「うん、謝罪の言葉は別にいいの。
雛姫さんが来たから呼びに行ったらドレス着てスリッパ片手に死んでいたのはどうして、と問いたいんだけど」
店主の視線が周囲をさ迷う。
暫くして、諦めたように遠い目をしてぽつぽつと語りだした。
「……姉から『結婚式で使ったドレスが邪魔なので送ります。使ってください』って送られてきました」
「それって……」
店主の言葉に羽堂さんの顔が引きつる。店主はこくり、と頷いて言葉を続ける。
「ええ、間違いなく『早く身を固めろ』と言っているのは分かっているのですが。まーその事は暗くなるので置いておいて。
後で姉に追求された時の為に『強化してダンジョンで使って壊れた』という言い訳の為に強化しました。
そしたら、邪な思いが表に出たのか、強化二度目で邪がつきました」
「見事に呪われたドレスになった訳ですね」
「ええ。使えないし売ろうかな、と思ったのですが。
興味本位で装備してみたのです。そしたら……その直後に部屋にGが出てきまして」
「え゛」
「傍にあったスリッパを武器に新聞紙を盾に迎撃したら、呪い発動してHPが1になってしまいまして。
そこにGから額への一撃が入って……」
「HPが0になった、と」
「はい。
G強いです。負けました。修行が足りません」
こくり、と神妙な表情で頷く店主。
……ふつり、と自分の中で何かが切れたような気がした。
「店主」
「はい」
「着替えたら何処かに出かけて来て。殺虫草焚くから」
「はい」
「暗くなるまで帰ってこないでね」
「……はい」
淡々と告げた私の言葉に、店主はしょんぼりとした様子で頷いたのだった。
* * *
朱音様のお店の一角。私と羽堂様は飲み物とケーキを前にしていた。
迷惑をかけたお詫びと、時間つぶしを付き合ってもらう為に一緒に来てもらったのだ。
うん、メイド服姿の咲良さん(バイト中)が見たかった、というのもあるが内緒だ。
「一つ聞いても良いですか?」
「なんですか?」
「もしかして、意識だけありました?」
「……はい」
羽堂様の言葉に、私は素直に頷くしかなかった。
「やっぱり。じゃああの部屋での会話は」
「ええ、全部ばっちり聞こえていました」
衝撃の少ない死に方なら、自動蘇生までの間に意識を取りもどす事もある。
普段は復活の書や蘇生術で即生き返るので滅多に体験はしないが、時折幽体離脱のような状態で意識だけがある事がある。
たまたま今回はその状態になっていたのだ。
「なんと言うか、不可抗力とはいえ、やっちゃったなぁと」
お陰で蘇生直後思い切り気まずかった。居たたまれなかったともいう。
はぁ、とため息をついてコーヒーを一口飲む。温度を気にせず口に含んだので舌が痛い。火傷したな、こりゃ。
「前にイソレナさんが長期出張した時あったじゃないですか。
その時にアニスに『店主は何処にも行っちゃやだ』って泣かれたんですよ。
その後暫くは傍を離れてくれませんでした。最近はそんな事もなくて落ち着いていたんですけど……」
「多分ぶりかえしましたよね、あの分だと」
「ですよね、さっきもアシャンちゃんの名前出ていましたし……
とりあえず夜になるまで適当に時間つぶして、デザートと小物とか買って帰ろうと思います。
でもって暫くは家族サービスに努めます」
「たまにはアラン君だけじゃなくて、アニスちゃんも一緒にカフェに連れてきたらどうですか?」
「それも良いですね〜」
言われてみれば、アランばかり連れ歩いてアニスを連れて出かけるという事をあまり最近していなかった気がする。
気をつけないと駄目だよなぁ、本当に。
ため息と一緒に飲んだコーヒーは、先程よりも少しだけ苦い様な気がした。