貴方を貴女にすること?
そんなの私に頼まないで外国に行ってそれなりのお医者様に相談してください。
貴方
某日探索中。落とし穴に落ちた。よりにもよって召還石を忘れた時に。
この穴はかなり広く、登ろうにも土壁が結構脆かった。
つまり脱出不可能。
……いや、不可能ではないが人目につくと厄介だ。
さてどうしようかと悩んでいると、上のほうから人の声が聞こえた。
誰か通りかかったのか、と思った瞬間。
「みぎゃ〜!!」
新たに崩れた地面と共に、水色と茶色の塊が降って来た。
「た、たたた……」
「だ、大丈夫ですか?」
腰を押さえて蹲っている落ちてきた人……真夜さんに声をかけると、ようやくこちらに気が付いたらしい彼女はぎゅっと瞑っていた目を開いた。
ぱちり、と開かれた焦茶の目と目が合う。
「……真夜はイソレナを拾った、と言う所でしょうか」
小首をかしげつつそんなことを言ってくれたのだった。
「拾ったって、僕は物扱いですか」
「すみません、ついノリで。
時々あるんですよ、落とし穴の底でお金とかステラとか生き物の骨とか見つけるの」
「さらっと怖いこと言わないでください!
最後のって結構洒落にならないじゃないですか!」
「ほらそれは此処って復活の書とか自動蘇生で生き返るわけですし。
その人の抜け殻の可能性もあるわけですから」
……なんでそんな事をなんでもない事のように言うのかこの人は。
確か僕より後にこの町に来たはずなのに、何でこんなに馴染んでいるんだ。
思わず頭を抱えそうになっていると、上から声とロープが降って来た。
『アホな事を言っている暇があったらロープに掴まってとっとと上がってこい』
呆れ交じりの声は多分ジェント君だろう。助かった、これで出る事が出来る。
「あ、でも此処地盤が緩いみたいなんですけど大丈夫ですか?」
『地精と樹精に干渉しておいたので大丈夫です。
……本来この辺りは頑丈な地盤な筈なのですが』
ジェント君の言葉を確認するために、ぐ、とロープを引きながらその近くの地面を踏んでみる。
先程触れた時と違い、足の裏に返ってきた感触はしっかりとしていた。
「それじゃあ僕から上がりますね」
「お願いします」
流石にスカートの女性を先に登らせるわけには行かないだろう。
振り返ってそう問えば、体に付いた土をパタパタと叩き落としながらこくりと頷いてくれる。
再度地を踏み足場を確認する。足場さえしっかりしていれば登るのは難しくはない。
次いでグッとロープを何度か強く引っ張ってみる。
これなら人一人分の体重を支えることは出来るだろう。
慎重に足をかけ、ゆっくり足場を踏み締めながら登る。
程なくして、無事に落とし穴から脱出できた。
「真夜さん!!」
バン!
失礼を承知でニルさんに案内された部屋の扉を力いっぱい開く。
中には着替えた真夜さんが驚くことなくのんびりとお茶を飲んでいた。
「あ、あがられたんですね。お湯加減大丈夫でした?」
「はい、良いお加減で……ってそうじゃなくて!」
「良かった、サイズ大丈夫だったんですね」
「大丈夫じゃないですよ何で女物なんですかっ!!」
そう、脱衣所に用意されていたのは、春っぽいふんわりとしたノースリーブのワンピースと柔らかな手触りの白いボレロ。
まごう事なき女物の服だった。
正直、着たくはなかった。
だが流石に他人の家を裸で歩くわけには行かないので仕方なく着たのだ。
下着は男物だったのが不幸中の幸いと言っていいのかは正直微妙だ。
「丁度良いサイズの男物の服が無かったものですから」
にこにこにこにこ、と擬音が付きそうなほど朗らかな笑顔でしれっとそう言ってくれる。
……絶対に嘘だ。
こんな事なら彼女の誘いをきっちり断ってリーヴァに怒られる方を選んだほうが遥かにマシだった。
「まあ、そう立ったままでは何ですし。
そうぞおかけください」
そのまま立っているのも失礼なので、勧められた椅子へと座り差し出されたお茶を受け取る。流石ハーブ調合が得意な職業なだけあって良い香りのお茶だ。
……同じその手で強力な毒薬も生み出すという事実はあえて考えないようにする。
受け取ったのを確認して、真夜さんは自分の席へと座り世間話のような口調で話を切り出してきた。
「あの落とし穴、普通のより深かったですよね。土壁も結構脆かった。
そして大きさも結構大きかった。人が二人落ちても困らないくらいに」
「そうですね」
「でもって、ジェントが言っていた事なのですが。
あの落とし穴の近辺、地の精霊が妙に元気だったみたいなのですよ。
まるで誰かが干渉した直後みたいに」
「……おっしゃりたい意味がよく分からないのですが」
表情が引きつりそうになるのを堪えてそう返せば、にこりと微笑み返される。
「今朝用事があって68番地に行ってきましたけど、リュコラさん、ちょっとピリピリしていましたね。
何でも羽堂様が午後からお出かけだとか」
「………」
取引先間情報恐るべし、と言った所だろうか。
止めを刺すように、真夜さんは小首を傾げつつ言った。
「元のままで待ち合わせ場所に行ったらまた同じ事起きると思いません?」
「…………………ワカリマシタ」
これ以外になんと言えと言うのだ。
しぶしぶそう言えば、真夜さんは嬉しそうな笑顔をみせた。
「それじゃ、時間もないことですしポイントメイクだけちゃちゃっとしてしまいましょうか」
「お任せします」
「任せてください。イソレナさんだとはパッと見て分からないようにしますから」
にこにこ、と本当に楽しそうな笑顔で椅子から立ち上がると、棚の上に置いてあるポーチと鏡を取ってくる。
「ささ、目を閉じて力を抜いて〜」
「……凄く胡散臭く聞こえるんですけど」
「気にしない気にしない」
その声とともに指先で瞼に触れられる。恐らくアイシャドウを塗っているのだろう。
正直何色も色を重ねることにどういう意味があるのかがよく分からない。
そんなことを考えていると小さな声が耳に入ってきた。
「…………若いって素晴らしいなぁ」
「はい?」
思わず目を開いて真夜さんを見ると、彼女は慌てた様に手をふった。
「なんでもないです。もう少しなのでじっとしていてくださいね」
そう言って手に持っていた小さなケースを脇に置き、黒いペンのような物や、それより一回り大き目のケースとブラシ、さまざまな色の乗ったパレットのような物と小さな筆をポーチから取り出す。
そこから先は早かった。あまりしつこくならない範囲で、と化粧を施され、次いでバンダナが外され、霧吹きで頭に水を振りかけられる。
跳ねている髪を丁寧に櫛で梳かれると、不思議な事に普段よりもずっと長めに見えた。
「でもって、これが仕上げ〜」
そう言った真夜さんのアトマイザーに入れていた香水の様なものをふりかける。
「これでよし。これで20分位は誤魔化せるはずですよ」
「……最後にかけたのって何ですか?」
くんくん、と服にかかった匂いを嗅ぎながら聞いてみる。
香水の類かとも思ったのだが、そういった香りは感じられなかった。
「129番地特製、動物が性別とか匂いとかの個体識別するのに使う色々なものを誤魔化す魔法の水です。
まあ、薄めてあるんで効果は20分前後と短いですが」
「へぇ……それは便利ですね」
そんな物があるのは知らなかったので、ちょっと興味がわく。
アトマイザーを手に取り、光に透かしてみる。日光を反射して飴色に輝いた。
「立派なイリーガル品ですけどね」
「それって良いんですかっ!?」
思わず落としそうになり、慌てて握り締める。
振り返れば、真夜さんはぱたぱたと手を振りながらおおらかに笑っていた。
「この町でノーブル品とかイリーガル品とか細かいこと気にするだけ損ですよ〜」
「いやまあそうなんですけど」
消化不良になりそうな言葉を飲み込みながら、ふと目に前に置かれた鏡を見つめる。
……完全に女の人に見えるな。
自分の感想に思わず凹む。我慢しきれず心からのため息を吐くと、脳裏を非常におかしな疑問が通り過ぎた。
「例えば僕が女の人だったらどうなっていたんでしょうね」
その疑問を、声にだしてしまった事を認識したときにはもう時すでに遅かった。
その言葉は真夜さんの耳にはしっかり入っていて、鏡越しに見た彼女の目は驚きで丸くなっていた。
「女性になりたいのでしたら、それなりのお医者様に行った方が確実ですよ?
まあ、手術しないで性別誤魔化して生きると言うのもできなくはない事ですが」
予想よりもかなりずれた言葉に思わず椅子からずり落ちそうになる。
「いやいやいや、そうじゃなくて」
「それとも、イソレナさんは百合趣味だったんですか?
きゃ〜禁断の愛!?」
「ちょ、だからそうしてそうなるんですか!?
というかキャラ変わってませんか真夜さん!?」
「つい楽しくて」
てへ、と笑顔で言われ、なんとなく体から力が抜ける。
力の抜けるまま、僕は俯き机を見つめる。口からは意識せずにため息がこぼれた。
「『僕』が『僕』ではなければどうなっていたのかなぁとふと思いまして」
「『今』自体が無かったんじゃないですか?」
僕の言葉への答えは、何でもない事のように軽い口調で返ってきた。
「考えてみてください。イソレナさんが女性だったと仮定しまして。
『今』と全く同じ状況にたどり着ける自信有りますか?」
「…………」
僕が沈黙していると、微かに真夜さんがため息をつく。多分彼女もなんと言おうと悩んでいるんだろう。
少し重い沈黙が部屋へと落ちた。
なんと言って誤魔化すべきなのかを考えあぐねていると、ふうわりと部屋に風が流れ込んできた。
何事かと顔を上げれば、部屋の入り口に小さな龍が浮いていた。
ふわふわの羽に緑の鱗。まだ生まれて間もないと分かる存在。
もしかしなくてもこの子は……
『みゃ〜』
「あらら、リア起きちゃったか」
真夜さんは慌てたように入り口へと向かうと、両手をその龍へと差し出す。
龍は吸い込まれるように腕の中へと飛び込むと、その肩口にぐりぐりと顔をこすりつける。
『みゃ〜……』
「はいはい、まだ眠いのね」
そう言って真夜さんは慣れた手つきでその背を撫でてあげながら此方へ戻ってくる。
椅子に腰掛け真夜さんが何かを言おうと口を開いた瞬間、割って入ったのはノック音。
『真夜ねぇ、リアが居なくなっちゃった!』
扉越しに聞こえる声はニルさんだろう。随分慌てているのかその声はかなり早口になっていた。
真夜さんは落ち着いた声でリアくんをあやしながら言葉を返す。
「大丈夫、ここ居るから。
もう少しで寝そうだからこのまま預かっとくよ」
『ありがとう、助かる〜』
そう言いおいてニルさんはパタパタと駆けていった。
「すみません、何だか眠くなるとこの子私のところに来る癖があるみたいで。
急に失礼致しました」
「……この子がアプクピとテル君の?」
「はい。二人の子供でリアと言います。
アプちゃんに似てよく食べてくれて元気ですよ〜」
そう言って柔らかな笑顔でリア君の背中を撫で続けている。
「……この子達の存在では『貴方』が自分で居ることへの自信にほんの少し位繋がりませんか?」
一瞬何の事を言われているのかがよく分からなかったが、おそらく先程の続きなのだろう。
面食らって彼女を凝視するが、彼女はリア君の背へと視線を落としたまま言葉を続けた。
「イソレナさんと契約したアプちゃんが居て、私と契約したテルが居て。
お見合い何度もして結ばれて、そして今、この子とアプエゲくんが居る。
アプクピちゃんじゃなければテルは多分ニルと結婚していたでしょう。
その場合、この子は間違っても生まれなかったでしょうね」
あったかもしれない未来を、まるで昔話を語るように静かに穏やかに言葉を重ねていく。
「でも、今こうやってこの子は存在している。
それは『今』『貴方』がこうして居てくれているからです。
そして、私はその事に心から感謝しています」
そう言ってゆっくりとした動きでリアを抱きなおす仕草はどこまでも柔らかかった。
「僕は……」
こういう時なんと言って良いのかを必死に考えるが、何も言葉が出てこない。
口を金魚のように開閉するしか出来ないで居ると、可笑しかったのかクスクスと小さな笑い声が真夜さんの唇から零れた。
「……さすがに笑われると傷つくのですが」
じとっとした目で見つめれば、パタパタと慌てたように真夜さんが空いているほうの手を振る。
「ごめんなさい、馬鹿にしたとかじゃないんです。何だか懐かしくって」
真夜さんは少しまぶしそうな表情で、振っていた手をそっと自分の頬に当てる。
「こういう事って、自分で納得いく答えを見つけるまで他人に何言われたって自分の考えって変わらないんですよね。
でも、そうやって他人に色々言われて頭に来たり納得出来なかったり、他人に愚痴ってグルグルするのって、振り返ると大切な事だったって思うんですよね」
うんうん、青春ですよね〜などと他人事のような口調で言う。
「経験者は語る、ですか?」
そう問えば、彼女の目がぱちぱち、と瞬きを繰り返した。
「う〜ん、部分的には。
私の場合、答えを見つけたというより諦めたというか割り切ったというか開き直ったという感じでしたから」
もうちょっと悩んどいたほうが後々楽だったかなぁとも今になると思いますし、と苦笑して頬をぽりぽりとかく。
「……真夜さんも失ったり奪ったりしたものがあるんですか?」
なんとなく信じられなくてそう問い返せば、さらりととんでもない答えが返ってきた。
「ありますよ〜例えば初恋とか」
「えっ?」
「その初恋引きずって復讐の旅に出たりとか」
「ええっ!」
「その上その初恋を未だに引きずって恋もまともに出来なくなっているとか」
「……本当なんですか?」
「嘘です」
「嘘なんですか!? というかどこの辺りから!?
思い切り地雷踏んだのかと思ったんですけど!?」
最後の落ちっぷりに思わず全力でツッコミを入れるが、にこにこ、と真夜さんは笑顔を崩すことなく煙に巻く。
「ふふふ、ご想像にお任せします〜」
「ええええ!?」
「ほら、もうそろそろ待ち合わせのお時間じゃないんですか?
こんな所で油売っていて大丈夫ですか?」
すい、と真夜さんの指が時計を示す。
……待ち合わせ時間まであと10分という時刻を無常にも示していた。
「あああ、もうこんな時間!? 着替えている余裕がないっ」
「ふっ、計算どーりです」
「というかどうして真夜さんが待ち合わせ時間知っているんですか!?」
「壁に耳あり障子に目ありですよ♪」
にこにこ、と笑って言う真夜さん。というか障子って何だ。
ツッコミを入れたいのは山々だが、これ以上脱線して待ち合わせに遅れるようなことになるのは避けたい。
立ち上がりドアへと早足で進みノブへと手をかけると、後ろから穏やかな声がかけられた。
「行ってらっしゃいませ。頑張ってくださいね」
振り返ると、穏やかな笑顔でひらひら手を振る真夜さんの姿が目に入った。
その見送る姿に何処か影を感じてしまうのは、先程の話のせいだろうか。
「……最後に一つだけ」
「何ですか?」
「先程の話は、本当に嘘なんですか?」
静かにそう問えば、真夜さんはほんの一瞬泣きそうな顔をした後、元の穏やかな笑顔へと戻った。
「………ナイショです」
唇に指を当て黙秘権を主張される。そう言われればこれ以上踏み込むわけにも行かないだろう。
僕は一礼して部屋を後にした。
その後、無事に待ち合わせには間に合ったものの……
僕の姿を見た亜理紗さんの反応は、ご想像にお任せします。