13 火の精霊



「大漁大漁♪」
籠の中を見て一人満足感に浸る。
籠の中にはたらの芽にふきのとう、つくしにノビル、あけびの芽によもぎ。春の味覚がわっさりと入っている。
こごみやわらびが手に入らなかったのは残念だが、それでも十分な量の食材が手に入ったのでよしとしよう。
春は食材が手に入りやすくて良い。これで少しは食費も浮くだろう。
そんな事を考えていると、見慣れた金糸の子供が木の根元に蹲っていた。
「雛姫嬢? どうしたのこんな所で」
声をかけるとびくっと体を震わせて此方を振り返る。……なんだか前にもあったなこんな事。
既視感を感じながら視線を合わせるためにしゃがみこむ。
「とかげさん、動いてくれないの……」
「とかげさん?」
冬眠明けの爬虫類か〜と思いながら雛姫嬢の手元を覗き込んで思わずこける。
「真夜お姉ちゃん?」
急にこけた私を不思議そうに見る雛姫嬢。
雛姫嬢の手の中に居たのは、確かにトカゲによく似ていた。けれどこれは。
「なんで火精がこんな所に」
「かせい?」
「えーっとね。この子火の精霊だよ?」
「精霊さんなの?」
可愛らしく首をかしげて言う雛姫嬢。……精霊と普通の生き物の見分けがついてなかったのか。
今までの彼女の行動を振り返るとそれも納得できる気もする。
この町に居る分には見分けつかなくてもさほど困らない。指摘する存在が無ければ気がつかなくてもおかしくはないだろう。
この町は土地柄なのか様々な精霊が居る。普通の精霊だけではなく、本来数が少ないはずの『物質世界に傾いた』精霊たちも数多くいる。
本来精霊と言うのは殆どは大きな力の流れのような存在で、ほぼ精神世界の存在。
その力の流れが何かの拍子に凝縮されて意思を持ち、初めて人が見える『物質世界に傾いた』精霊になる……と何かの本に書いてあった。推測の域で真偽のほどは定かではないが。
……以前精霊ほんにん達に真偽のほどを聞いた事があるのだが、「気にしな〜い♪」「さあ、知らない」「気がついたら此処に居たよ?」「昔の事は忘れたのう」等と返してくるので、とりあえずそういう事にしておこうと思っている。
正直な話、精霊関係や魔法関係は様々な説があるのでどれが正しいのか私には分からない。昔少し勉強したのだが、とうに理解することを放棄した。あれは一種の哲学書だと思う。
因みに、物質世界に傾いた精霊は「妖精」とか一般的な意味での「精霊」と呼ばれている、と解釈している。
「そう、精霊さんなの。それにしても随分弱っているね」
雛姫嬢の手の中で、火の精霊は随分とぐったりとしていた。
おそらくエネルギー切れなのだろう。このままだと力を失い見えなくなるのも時間の問題か。
「さっき見つけた時からおめめ開けてくれないの。
 すごくすごく心配なの」
ぽろり、と雛姫嬢の目から涙がこぼれる。私は慌てて雛姫嬢の頭を優しく撫でた。
「大丈夫。任せて」
確かアレを鞄に入れっぱなしにしておいたはず。
いつも持ち歩いている鞄を探る。暫くして指先に小さな箱が触れる感触がした。
「あったあった」
箱をつかんで取り出すと、箱をスライドさせて中から細い棒を一本取り出す。
旅をしていた頃、便利だからと購入した火を作る魔法具だ。正式名称は忘れた。
店の店員いわく、箱の側面になぞる事により魔法が自動発動するような仕組みになっている品で、魔力も棒が大気中から吸収したものを使用しているので自分の魔力を使用する必要が無く誰でも作動可能らしい。
取り出した棒で素早く箱の側面をなぞる。ぽう、と棒の先に火が浮かんだ。
雛姫嬢にぶつからないように慎重に火を近づけると、うっすらと精霊の目が開く。
次の瞬間、火の精霊はぱく、と大きく口を開き一気に火を吸い込んだ。
一口で火を吸い込んだ火精は、ぱっちりと目を開き、此方を見て一言。
「【まず〜い。もう一個、であります】」
「【不味いなら食うな】」
「【ごめんなさい食べさせてください。味に文句言いません】」
脊髄反射で言い返したら即謝罪された。
仕方無しに再度火を灯して火精に与える。再度火精は火を丸飲みして満足げに笑う。
「【いやあ、助かったであります。もうちょっとで消えてしまう所でありました】」
「【何だってこんな所に。此処は火精の住処から随分離れていると思っていたけど】」
基本火精の行動範囲は狭い。大体は火山の傍や良くて民家近辺。川辺や森の中の場合、地と水が強いので普通にふよふよ漂っている普通の精霊は若干居ても、物質世界に傾いている精霊は基本的に場所を選ぶのでほとんど居ないと言っても良い。
例外は風の精霊。あの子達は風に乗って自分で好き勝手に動くし、個体によっては妖精の輪――精霊が使用する簡易転送陣のようなものだ――を作って転移したりもするのでかなり広範囲に動く。
「【実は私にもさっぱりで。普通に歩いていたらいつの間にかここに居たのであります】」
「【変な話だね】」
自分の意思ではなく移動となると、何かの転移に巻き込まれたか、あるいは――
そんな事を考えていると、くい、と服の裾を引かれて意識を引き戻される。
「ん? どうしたの雛姫ちゃん」
「真夜お姉ちゃん、なんて言っているの?」
可愛らしく小首を傾げてそう聞いてくる雛姫嬢。
「えーと。もしかして精霊の言葉とか分からない?」
私の言葉に彼女はこっくり頷く。なるほど、龍なら分かるとか言うのは思い込みに過ぎないわけか。
「精霊さんね、迷子になったんだって」
「【迷子とか言われるのは不本意なのでありますけど!】」
こちらの意訳に火の精霊が文句を言っているが放置。どうせ雛姫嬢には分からないんだし。
「どうやって此処に来たのかも分からないって言っているんだけど……この子拾った時に何か変な事あった?」
私の問いにふるふると首を横に振る雛姫嬢。まあ、仕方が無いだろう。
「貴方も本当に心当たり無い?」
「【いかんせん、眠くて半分寝ながら歩いていたもので】」
火の精霊への問いに帰ってきたのは心底意外な回答だった。
眠くなるのか精霊。寝るのか精霊。知らなかった。世の中は不思議がいっぱいだなぁ本当に。
「まーとにかく。立ち話もなんだし、二人ともうちにおいで。
 このままだとまともに治療もできないしね」
笑顔でそう告げて雛姫嬢に手を差し出す。おずおずと雛姫嬢は私の手をとってくれた。



それから30分後。
「とかげさん、大丈夫なの……?」
作業場に設置された小型の炉の前に立ち、不安そうに言う雛姫嬢。
私はといえば、その隣で炉の扉にかかったロックをはずしている所だ。
30分ほど前、教皇時代に使用していた小型の炉の中に炎と火のマナを満たして、火精に入ってもらったのだ。
「炉の中は火の精霊が喜ぶ環境になっているから、30分も休めば元気になると思うよ。
 力さえある程度取り戻せば、大人しくして居る分には消滅はしないだろうから」
そう言って炉の蓋を開ける。いつもなら開けた瞬間熱気が流れ出てくるのに、それが一切無い。
……もしかして、火とマナ足りなかったのか。
そんな事を考えていると、元気な声と共に精霊が飛び出してきた。
「りっぼーん! なのでありますっ」
その姿は小人そのものだった。どうやらとかげの姿をやめて人型をとる事にしたらしい。
「おー随分元気になったね〜」
「お蔭様で人型になっても平気になったであります。
 ついでに人間の言葉も喋れる様に声帯もちょっと頑張ってみたのでありますよ」
「ああ、人の言葉喋るのはやっぱり人型の方が便利なんだ」
そんな事を言っていると、不思議そうにこちらを見ていた雛姫嬢が呟いた。
「……とかげさんは?」
「とかげさんは私でありますが……」
しん、と落ちる沈黙。
「とかげさん……」
悲しそうに言う雛姫嬢。本当に本当に悲しそうな呟きだった。
火の精霊は暫し悩んだ後、一旦炉に戻る。
数秒後、元の通りとかげの姿で火の精霊は出てきた。
「とかげさん!」
雛姫嬢は嬉しそうに手を伸ばす。火の精霊はその手に素直によじ登った。
「【弱いねぇ】」
からかう様に告げた私の言葉に、火精は苦笑交じりに返す。
「【泣く子には勝てないのであります。それが命の恩人ならなおさらなのであります】」
「ふふふ、確かにそうだね」
「真夜お姉ちゃん、何をお話しているの?」
「助かってよかったね、って言ったら、精霊さんが雛姫嬢は命の恩人だって言ったの」
「そんなことないなの」
私の言葉に照れる雛姫嬢。うん、かわいいなぁ。
「【全く、大人はうそつきでありますね】」
火精は苦笑しながらそう言う。私は音にはせずに唇だけを動かした。

「【嘘も方便、だよ】」



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