今日は真夜さんのお宅で行われるお見合い一回目。
この間までテル君は何度もお見合い(と言う名のイソレナのテスト)に挑んでくれたけれど、真夜さんいわく「もう寄る年波に勝てないかも」とのことでストップがかかったのだ。
と言うわけで、こちらから正式にお伺いするのは初めてなので緊張する。
ジェントさんが迎えてくれ、イソレナと共に客間に通される。うう、動悸が早い。
暫くして、応接間の扉が開き真夜さんが入ってきた。
「お待ちしておりました」
そう言って頭を下げる真夜さんの表情は常に無くこわばっていた。
『真夜さん……?』
「これから行うテストに合格したら此処にテルを連れてきます」
……やっぱり私にもテストがあったんだ。
覚悟はしていたものの、やはり緊張する。
ぎゅうと拳を握り締めている私とは対照的に、イソレナは軽い口調で真夜さんに質問をする。
「テストはここで行うんですか?」
イソレナの質問に真夜さんは首を横に振る。
「此処では狭いので裏庭で。
 ただ、イソレナさんはこちらで待機をお願いいたします」
「同行してはいけませんか?」
「出来れば。
 そんなには時間かかりませんから、こちらでお茶とケーキを食べていていただけますと助かります」
「分かりました。アプクピ、行けるか?」
こちらをのぞきこんで確認するイソレナに、私は決意を込めた目をむけ、しっかりと首を縦に振る。
真夜さんの顔にホッとしたような残念そうな、複雑な表情が一瞬浮かぶがすぐ消える。
「では、すぐに準備をしてまいります。
 準備が出来たら使いのものに案内させますので、少々お待ち下さいませ」
そう言って真夜さんはぺこりと一礼し、応接間から出て行った。
……一体、どんなテストを受ける事になるのだろう。



数分後、『庭で真夜ねぇが待っているから』と言ってニルさんが私を迎えに来た。
手を引かれてたどり着いたのは、裏庭。何処の家庭にもありそうな少し広めの庭だ。
『ナズナちゃん、来たよ〜』
庭の入り口でニルさんが奥へと声をかける。するとニルさんの声に返事するかのように、風が震えた。
『こっちの準備は完璧だよ。入って』
ナズナさんと思われる声と同時に、何も無い所から「おいでませ」と書かれた扉が出てきた。
ニルさんは一瞬引いたようだったが、気を取り直して扉に手をかける。
ぐい、と押されればその扉は重厚な音と共に開いた。その瞬間、強い風が私を絡め取った。
『え!? な?』
『行ってらっしゃい。ボス戦頑張ってね♪』
ニルさんの激励を聞きながら風に強制的に移動させられる。
自分の意思ではなく体が空を飛ぶと言うのはなかなかスリリングな事なのだなぁ……とどこか他人事のように考えていると、あっという間に扉の中に移動していた。
扉の中は、一転して緑の生い茂った森のような空間だった。
森を切り取ったかのような舞台に違和感を感じていると、頭上から声が降ってきた。
『ナズナ特製の結界の中へようこそ。
 そのまま真っ直ぐ進んで。大木のところに今日のボスキャラが居るから』
『ボスキャラ?』
ナズナさんの声に導かれるままに奥へと進む。
ひときわ大きい木の側まで来ると、ようやく人影が見えた。
大きな木を背にし、見慣れない姿の女性が座っていた。
背中までの長い緑の髪はさらさらと風と踊り、瞳の色も揃いの緑。
その顔には感情が無く、白い飾り気の無いワンピースを着た姿は等身大の人形と言われても不思議には思わないのではないだろうか。
私が呆然としていると、その女性は無造作に立ち上がる。
「来たね。さあ始めようか」
聞き覚えのある声は、淡々と無機質な音でに空気を振るわせた。
「ルールは簡単。制限時間は10分。
 このリボンを私から奪えばアプクピちゃんの勝ち」
そう言って示すのは手首に緩く蝶々結びされたリボン。端を引っ張れば直ぐに解けるだろう。
『リボンを取ればお見合い成立、と言う事ですか?』
「そう。この腕ごともぎ取ろうが何しようが、貴女の手にリボンが存在すれば良い」
『龍化は?』
「ご自由に」
『……あ、その前に』
「何?」
『真夜さんは何処にいるんですか? 裏庭に居るって聞いていたんですけど。
 貴女に勝つと会えるのですか?』
あ、こけた。
今まで無表情だったのが嘘のように情けない顔をする彼女。
「え〜と、本気で言っているんだよね」
『はい、本気と書いてマジです』
ぱっと見て風龍っぽいのだが、真夜さんの家にナズナさん以外の風龍が居るとは聞いたことがない。
ナズナさんより年上に見えるし、何度か面識のあるナズナさんの髪はゆるくウェーブがかかっていたが、彼女の髪は真っ直ぐでさらさらだ。
ああ、瞳の色は同じだったような気がする。
ナズナさんが成長したのだとしても、髪質まで変わるものなのだろうか。
そんな事を考えていると、彼女はポリポリと頬を掻きながら言う。
「私が真夜だよ」
『ええええ!?』
言われてマジマジと彼女を見る。言われてみれば顔のパーツとか同じだ。
なんと言うか、改めてみると格ゲーの2Pみたいな感じかも。
……って格ゲーって何だろう。
現実逃避気味にそんな事を考えていると、ちょっと拗ねた様に真夜さんは唇を尖らせる。
「まあ確かに装備も違うし、ちょっと見た目に変化はあったかもしれないけど」
いつもの水色ワンピースじゃないのは確かだけどさ〜と服をつまんでいる。
……問題は其処じゃない。服装だけの問題じゃない。
『ちょっと所じゃ無いですよ! 装備が違う以前の問題ですっ!
 いつの間に髪を染めたり目の色変わっているんですか!?』
「今の間に?」
『何で疑問形なんですか』
「まあその辺は置いておいて」
そう言って物をどかす仕草をする真夜さん。私のツッコミはさらりと流された。
こほん、と一つ咳払いをすると、真夜さんの表情がすっと抜け落ち、先程のような無表情へと戻った。
「とにかく、今言ったルールで始めるよ。
 タイマーセットして良い?」
『あ、はい。大丈夫です』
頷けば、真夜の手が木に引っ掛けてあったりんごの形のタイマーへと伸びる。


「では、ゲームスタート」
かちり、という小さな音と共に真夜さんの静かな声が響いた。


試しにと軽く風のブレスを真夜さんへと向ける。
勿論殺傷能力は無い位に弱め、当たってもよろける程度の物だ。
足止めしてしまえばこちらのもの……そんな考えは次の瞬間否定された。
ブレスは、真夜さんの手の一振りで生み出された風で相殺された。
「手加減は要らないよ。加減をしてたら……」
その言葉と共に、真夜さんの体が予備動作無しに動く。
気が付くと、背中と地面が接触していた。
「10分なんてすぐだよ」
その声と共に目に映ったのは、空と真夜さんの顔と緑の髪。
簡単に言えば真夜さんに投げられたのだ。
掴まれた手首を見れば、其処にはリボンが結ばれた手首があった。
反射的に逆の手を伸ばせば、ぱっと体を翻して間合いを取られた。
ぐっと体を起こし、間合いを詰めようと地を蹴る。
だが、それよりも早く真夜さんが動いた。そして始まる追いかけっこ。
風龍と人間の追いかけっこなんてすぐに決着がつくはずだった。本来なら。
普通ならすぐ追いつくはずなのに、差は一向に縮まらない。
『な、何だか普段と動きまで違いませんか?』
「髪と目の色が違うのは伊達じゃないよ。それに色々小細工している」
赤くなくても三倍だよ、等とよく分からない事を言いながら急に方向転換をされ、こちらが反応するより先に横をすり抜けられた。
うう、行き止まりに追い立てていって捕まえようと思ったのに。
何とか追いつこうと頑張りつつ、周囲を探ってみて気が付いたことがいくつか。
風の精霊が何度呼びかけても反応してくれないのだ。
居ないわけではない。それどころか普段より濃い気配を感じる。でもこちらの声に応えてくれる事は無かった。
そして、その精霊達はどういう事か真夜さんの方の援護をしているようだった。
ダメ元で全力でブレスをはいてみるが、瞬時に構築された結界に阻まれて弾かれた。
このまま追いかけっこしていても膠着状態になりそうなので、一旦足を止めて呼吸を整える。
ぜいぜいと荒い息が耳につく。普段なら人型でも風の抵抗の事とかを考える必要は無いのに。精霊達の助力が無いと此処まで違うものなのか。
……ああ、そうだった。テル君に追いかけてもらった時も、精霊達に助力を拒まれ、足止めされて追いつかれたんだっけ。
あの時は追いつかれて良かったと思うけれど、今は真夜さんに追いつけないのは非常に困る。
幸いあの時のように強引な足止めをされているわけではないので、龍化すれば風の抵抗が少なくなってもっと速く飛べるはずだ。
額の汗を拭って前を向けば、少し離れた所で真夜さんは立っていた。
ここで油断して普通に立っているだけにしてくれると助かるのに、いつでも結界を展開できるようにしている辺り容赦が無いと思う。
私が顔をあげたのを見て、真夜さんは淡々と声を発した。
「手詰まり?」
『まだまだ!!』
「そうでないと、ね」
真夜さんはそう言ってまた走り出す。
風の加護を最大限に受けた真夜さんに追いつくのは結構難しい。
だからって、諦めるなんて絶対嫌だ。
ぎゅ、と唇をかみ締め、両足に力を入れる。
絶対に、捕まえてみせる!!
私は今まで保っていた人型を解き、全力で羽ばたく。
すると、今まで反応の無かった精霊達が風の抵抗を減らそうとしてくれて居るのが分かる。
理由は分からないが、協力してくれるのは助かる。
先程までなかなか縮まらなかった距離が、徐々に縮まっていく。
こちらに気が付いたらしい真夜さんは、振り向きざまに風の結界を張る。
一瞬回避も考えるが回避する為の減速さえも勿体無い。こちらは龍化もしているしスピードも乗っている。破壊してみせるっ!!
全力で結界へと体当たりを仕掛けた。

バン!!

強い衝撃と破裂音がして、結界が砕ける。一瞬目の前が白くなった。
衝撃でクラクラする頭を我慢しながら真夜さんの手首へと狙いを定めて翼を羽ばたかせる。
もうちょっとで手が届く、という所でギリギリかわされ腕を掴まれ、こちらの勢いを利用して投げられた。
何とか空中で体制を整え、再度真夜さんへと突進しようとして……


ジリリリリリリリリリ……
無情にも鐘の音が鳴り響いた。


「10分経過。タイムリミット」
『うう〜〜』
「今日の所はこれで終了。またの機会にどうぞ」
淡々とそう言ってタイマーのスイッチを切ると、ペタン、と真夜さんがその場にへたり込んだ。
『え、真夜さん!?』
慌てて駆け寄ると、のろのろと顔を上げてはぁ、と1つため息をついた。
「……流石に、ちょっと、疲れた」
良く見ると、真夜さんの手と足は完全に笑っていた。
ぐたりと木にもたれかかる真夜さんの隣に腰をかけて、真夜さんの体力が回復するのを待ってから話しかける。
『真夜さんて、精霊使いだったんですね』
そう言えば、真夜さんは困ったような顔で答えてくれた。
「実はね」
『知らなかったです』
「まあ、言ってまわるような事でもないしね」
そう言って真夜さんは伸びとため息を1つつく。
『どうして普段使わないんですか?』
「使わないんじゃ無くて、使えないだけだよ。
 無理やり体動かしてるから細かい制御利かないし、長時間使用すると体がもたない」
ほら、と言ってスカートをたくし上げ、靴を脱いでみせる。
脛は走っている間にぶつけたのか傷まみれで痣だらけ、靴下の所々には赤い染みが広がっていた。
「コストもかかるしね。10分持たせる為にかかる準備時間が30分以上じゃ正直実践では使い物にならない。
魔薬代に、風精の加護に、風龍からの魔力貸与に、動き回っても壊れないような頑丈そうな防具。今回だけでもこれだけ準備必要だったのに10分ギリギリの制限だったわけだし」
そんな事をさらりと言われ驚くしかなかった。
『実は結構無茶していたんですか?』
「無茶っていうか全力出した。全力出さないと意味が無いし失礼でしょう?」
私の全力の持続時間は短いけどね〜と笑う姿は、いつもの真夜さんの顔だった。
「ねぇ、アプクピちゃん」
『……はい』
「私の結界破壊できたよね?」
『はい』
「何で出来たか、わかる?」
『……実はよく分からなくて』
どんなに呼びかけても反応の無かった精霊たちが急に助けてくれるようになったのだ。
その時はラッキーくらいにしか考えていなかったが、違うのだろうか。
真夜さんは柔らかく笑って私の頭を撫でてくれる。
「精霊は、強い意志の元に惹かれるの。
 どうしたいと言う確固たる意思や信念があれば、例え相手の支配下の精霊だろうと奪える」
……ああ、そうだったのか。あの時の「絶対に捕まえる」という意思に精霊が惹かれてくれたのだ。
『……はい、分かりました』
「なら、大丈夫だね。
 次は『貴女の本気』見せてね?」
『――はいっ!』
私の返事に、真夜さんは嬉しそうに笑った。


――数日後。
私は無事に真夜さんのテストに合格する事ができ、そして――



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