日差しがやわらぎ始め、雪の気配が遠のく、春近きある日。
 126番地の光龍、メ―はその温かさに目を細めながら―――半身を土に埋もれさせていた。
 奇異な光景だが、彼にとってはもはや、騒ぐことも怒鳴ることもないくらいに、慣れ切ったこと。
 痴話げんかに敗れた男は、穏やかな顔で太陽を見つめていた。

83.太陽 −(空に浮く方の)太陽の見ていた物語−

 ぽかぽかとした陽気にまどろむ彼は、様々な客に出会った。
 彼らは彼の前を通りすぎていったり、話しかけたりした。
 例えば―――

「フグ毒にあたっていらっしゃるなら、解毒のできる方を紹介いたしましょうか?」
「あたってねぇし…。っていうか、紹介って…お前の主人とか?」
「ご主人殿の解毒は割高になりますが、それでもよろしいのならば」
 真顔で問いかける光龍に、巫女服の少女は真顔で問い返す。
 そういう顔をしていると、父親につくづく似てるなぁ、こいつ。母親はわりとニコニコしてたけど。
 なんとなく感慨に浸る光龍の視界が、黒に染まる。地面に突っ伏す。踏みつぶされた。
「お待たせしました、小町さん」
「…てめ風矢」
「じゃ、行きましょうか」
「メイベルドーさん、つぶれられていますよ?」
「メ―だから、気にしなくとも大丈夫です」
 勝手に言い切るな!
 青年の魂の叫びに構わず、長い髪を風に遊ばせた少年はうきうきと歩いていく。
 光龍の青年は、地面に顔をうずめたまま、溜息をついた。

 頭を地面から抜いた光龍は、それでも身体を抜かぬまま、太陽を見つめる。その温かな温度に、瞼の重みが増したと思ったその時…再び視界が地面に埋まった。
 今度は誰だこの野郎! 毒づく前に、高い声が叫んだ。
「ひいやぁあああっ! ごめんなさいごめんなさいっ! 2度あることは3度あるっていうから気をつけていたんですけど! やっぱりこんなところに頭があるなんて思わなかったものですから!
 ごめんなさい頭のネジが外れていたらごめんなさい! ああっ! こんなところに髪が! やっぱり私の所為ではげてしまったんですか!?」
「外れてないよ! はげてもないよ!」
 がばぁ! と頭を抜いて、青年は言い返す。彼を踏んづけて頭を下げまくる少女は、矢継ぎ早に言う。
「でもでも!」
「でももだってもねぇ! 撫でるな! 恥ずかしい!」
「けど!」
 少女の抹茶色をした瞳が、うるる、と潤み始める。
 その様に、青年はうっと呻く。そして、声を落ち着かせた。
「気にしてねぇしはげてねーし、気にすんな…」
「…そうなんですか?」
「そうなんだよ」
 言い聞かせるように言った青年に、少女はパアッと微笑む。
「良かったですー。心配しましたよ! ハゲたりボケたりしたら大変ですものね!」
「だからハゲとかボケとか心配される年じゃないって…」
 苦笑する彼と微笑む彼女の会話は、その後しばらく続いた。

 銀髪を一房だけ金に染めた少女が去った後も、青年は土に埋まり続けた。
 そちらの方が、彼が恋する少女の機嫌にはいいだろうと思うからであり…単純に面倒だからだ。
 そんなことを思う間にも、青年の前を様々な人が通り過ぎて言った。
 黒い髪をした青年が「わーはっはっはっはっは」とか叫びつつ同じ顔をした青年を小脇に抱えて走り去って行ったり。その後を影のようについていく紫髪の闇龍と思わしき少女がいたり。
 叫んで走り去って行った青年達と同じ顔をした少年が、その主人になにやらつっこみつつ歩いて行ったり。
 緑色をした龍が、身の丈ほどあるパンをむぐむぐ食べつつ歩いて行ったり。
 茶髪の長コートの少年のような身なりに身をやつした少女に差し出された茹で卵をぱくついてみたりもした。
 そんな風景を見た後、青年は空を見上げる。太陽はどこまでも高く、春が近いことを感じさせる。
 土に埋まっていることも相まって、ぽかぽかと、体が温まる。
 彼はその姿勢のまま、いつしか器用にうとうとと瞬く。その意識は、白い闇に沈んだ。

 そして。時は過ぎて、青かった空が夕陽の色に染まる頃。
 彼を埋めた張本人たる少女は、さすがに色々反省して、彼のところへ訪れた。
 そうして、その顔を覗き込んで…ふわりと笑った。
「…もう、仕方ないなぁ。メー君ったら」
 その体をずるりと引き抜いた後、くすくすと笑う磨智の姿が見られたとか、見られてないとか…

 ―――全ては、春近いある日。お日様の見ていた、ある一日の記録である。


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