銀髪を肩口で切りそろえた少女は、大鍋の中身をぐるぐるとかき回す。
上がる湯気。漂う薬草の匂い。うす暗い照明にぼんやりと照らされた白い顔。
うん、怖い。普通に怖い。怪しい。
…まぁ、そんな怪しい魔女が、僕の愛しい恋人なんだけど。
小人 -人じゃなくて龍だしというつっこみはなしで-
脳内でそう評して、手元の本に目を戻す。彼女の部屋から拝借したものだから、なんかオカルトっぽい書物だけど、まぁいい。じっと見つめているのは不躾だ。この部屋は、少しうす暗くとも、窓によれば本を読めないほどではない。この部屋、窓、一個しかないけど。妙に気密性高いけど。
…まぁ、その辺については、気にしまい。彼女の自室が妙に分かりづらいところにあるのも…彼女が不便がっているわけではない。色々言いたいことはあるけど…僕がしゃしゃり出るのは少し可笑しい。彼女が望むなら、もう全力でしゃしゃり出るけど。望まないなら、それでよい。上からあれこれ指示するなんて御免だから。
だから、照明のごとくうす暗い方向へ行きかけた思考を強引に切り上げる。そうして、視線を無理やりに本に戻した。
けれど、ひたひたと睡魔が迫る。よく分からない文字の羅列は、いつしかゆるりと意識をさらった。
「風矢さん」
声が聞こえる。けど、どろりと重い瞼が、その声にこたえるのを邪魔をする。
「風矢さん」
少し、慌てた声だ、と。そう思う。
基本的に我が道を行く彼女が、珍しい。
…なにをそんなに慌てているのだろう。
すぅ、と睡魔が冴えていく。
目を開けると、壁に寄り掛かって寝ていた所為で、大鍋が視界に飛び込んだ。…けど、眠りに落ちる前にいた、魔女もどきの少女はいない。
「小町さん?」
本のわけわからなさに負けて眠りこんだ自分を起こした声は、確かに彼女のものだったのに。
我ながら怪訝そうに呼んだ瞬間、声が返ってきた。ただし、耳元で。
「はい」
やけに小さなその声の聞こえてきた方向へ、視線を巡らせる。
「………………え?」
そこにいたのは、確かに声の主。
けれど、僕の右肩に乗る程度の、その身体は―――手のひらサイズ、だった。
「……小町さん?」
「はい」
おそるおそる呼びかける。と、頷く手のひらサイズの巫女服もどき少女。
…なに、この展開。
「……なぜ、縮んでいらっしゃるんですか」
「作った薬を誤飲しました」
「なに珍しいことしてるんですか!?」
「うっかりしていました」
「うっかりにもほどがある!」
思わず叫ぶと、小町さんは耳を押さえて、ちょっと痛そうな顔をした。
…ああ、小さいからなぁ。
いや、なに小さいことを受け入れてるんだ。なんでとかどうしてとかなにゆえとか色々あるだろう、って全部同じ意味!?
自分の狼狽ぶりに頭を抱えそうになり、はっとする。それでは彼女が落ちてしまう。
「…と、とりあえず、肩は危ないので、こちらへどうぞ」
左手を差し出して、そう言ってみる。
こくりと頷いた彼女が、ふわっと身体を浮かして、すとん、と手のひらに降り立つ。…龍気功を使えば、彼女は人の姿でも飛べる。
ああ、本当に箒は様式美なんだよなぁ、なんて場違いなこと思ったり。
ちょこん、と手のひらの上で正坐する彼女がわりといつも通りで、現実感と非現実感がごっちゃになっていく。
「…解毒剤、とか、ないんですか」
「この身体では作ることができません」
「この身体では?」
「この身体では大鍋をかき混ぜることができません」
そりゃあ、いつも使ってるお玉を持とうものなら、つぶれてしまいそうな大きさだ。
…これはあれか、もしかして。
「…僕が作れば良かったり、しますか」
「自然に治癒を待つことは、不安要素が多いのです」
こく、と頷く彼女は、じっとこちらを見つめてくる。
小さくなっても変わらない、真っ青な瞳。いつもとはちょっと違うのは、困ったような色があること。
……なんていうか、さぁ。
もう本当…色々最強だ。
「…失敗しないように、ちゃんと教えてくださいね」
「はい」
勿論です、と頷く彼女を片手に乗せたまま、僕は大鍋へ歩み寄った。
「…で、次はなんですか」
不思議な色へと変化していく大鍋から目を放して、傍らのテーブルの上に正坐した小町さんに尋ねてみる。
「しばらくはこのまま煮込みます」
今は自分の身の丈より大きくなってしまった本の紙面を見つめながら、言う彼女。
そして、くるりとこちらへ向き直る。
「風矢さんは器用でいらっしゃいます」
「…だからこれからも一緒に大鍋かき混ぜません? っていうのはしませんからね。趣味じゃないから」
「それは残念」
大して期待もしていなかったのか、あっさりと答える。
彼女に教わると言うのは中々新鮮だけれども、こういったことに興味がないのも事実。なら無理に付き合う方が、なんとなく不誠実だと思う。
…いや、本当に、彼女に教わるのは少し楽しかったけど。嫌な部分も多いし。例えば、魔女帽子。精神統一に、と勧められたけど、全力で拒否した。真剣に拒否した。当たり前だと思う。だってそれ、可愛いリボンついてますし。とんがってるからアホ毛も潰れません的なこと言われたけど、むしろ潰れていいし。
「あ」
唐突に、なにかを思い出したように呟いて、彼女が立ち上がる。
そして、テーブルの上をてくてくと歩いて行く。
てくてくとテーブルの上に広げられた薬瓶の近くまで行った、と、思うと―――ぺしゃっとこけた。
…うわぁ。
いつもなら裾を踏むなんて絶対しないことだ。風に煽られると、わりとぺしゃっといっているけれど。それでも、あの動きにくそうな服装でよく、と思うほど、綺麗な足さばきを誇る女なのに。頭身違うと勝手が違うのだろうか。そういえば、龍の姿に戻った後は、ちょっと人の姿がもどかしかったりするし、そんな感じなのだろうか。…しかし。
「風矢さん、なぜぷるぷるしていらっしゃるのですか?」
「…いえ、その」
なんか可愛いなぁ、とは言いにくくて、言葉を濁す。
すると、立ち上がった彼女が、ほんのりと頬を染めた。
「呆れていらっしゃいますか?」
「その、そういうわけでは…」
「ならどうして目を逸らされているのですか?」
「そ、それは……色々あって」
ぱたぱたと手を振りながら、呟いてみる。
と、その手が、彼女に触れた。
小さな身体が、ぐらりと傾ぐ。
あ、と思う間のない。
テーブルの上から、落ちそうになる。
「……っ」
小町さん、と手を伸ばそうとして。
そうして―――
「……………っ」
跳ね起きた僕の耳に、のどか過ぎる小鳥の声が聞こえてきた。
額に浮かぶ汗で張り付いた髪を払うと、白いカーテン越しに朝の光を感じた。
手をついて、ギシときしむのは、慣れ親しんだ自分の寝台。ちらと時計を見れば、朝6時と半分くらい。おおよそいつもの起床時間だ。
そう、僕は今の今まで寝ていて。夢を、見ていて。
「…どんな夢だ」
自分で自分につっこむ。
勿論、答えなんて返るわけもなかった。
―――なんてことがあった後。
今度こそ小町さんとでかけながら、ふと夢を思い出す。
ちょっと可愛かった。けど小さいと色々つまらないだろうな…じゃなくて、変な夢だったなぁ。しかも色々ありえない。
そう、ありえない。
だって、作ってるの、熱さましやらなにやら、わりと健全な薬ばかりですし、ね?
そうですよね、小町さん?
信じてますからね?
「どうかなさいましたか? 風矢さん」
傍らを歩く彼女が訪ねてくる。僕はもう笑うしかない。
「…夢見が悪かったんですよ」
「それはいけません。お祓い致しましょう」
真剣に心配していると分かるその顔に、くすり、と笑う。
そのまま笑っていてもいいのだけど、それではお祓いの意義を滔々と語りだしそうだ。だから、遮るように続けてみる。
「…まぁ、君を見てると色々払われますけどねー」
不安とか、変な考えとか、そういうものは、わりと。
それは声に出さずに、くすりと笑う。
きょとりとした顔の彼女に、僕はくすくすと笑い続けた。