朝の町142番地。そこには、教皇として生活する乾と、彼と縁を結んだ龍達が暮らしている。
「おや…」
 お客さんどすか。
 向こうから歩いてくる茶髪の少女と、その背に背負われた青髪の少女を認め、闇龍が呟く。黒く長い髪を風になびかせた振袖姿の美女だ。
 鮮やかな紅の双眸が印象的な涼やかな美貌には、いつものように飄々とした笑みが刻まれていた。

赤 ―お茶会に添えて―

 ある日の午後。
 私は142番地に位置する教会で、椅子に座っていた。
「磨智はんも、はーぶてぃでいいどすか?」
「うん。大好きです」
 問いかけに笑顔で答えると、至和子さんがはにっこりと笑った。
 ちなみに、マスターは向こうで寝てる。―――もとい、蘇生待ちだ。ここの主人である乾さんが不在で、蘇生を受けるに受けれない。他のところにマスターをつれていけばいいのだけど―――お茶の誘いを受けて、せっかくだから待つことにしたのだ。
 それに、
『そう遠くに行ったわけでもないから、すぐ帰ってきはるやろ。
 乾はんが帰ってくるまで、お茶でもいかかどす?』
 そう笑って誘ってくれた綺麗な闇龍には、私も少しばかり用があったから。 

 しばらく待って、出されたハーブティを一口。ふんわりと心地よい香りが口の中に広がる。…美味しい。
 けれど、これを淹れてくれたのが彼女かと思うと、少しばかり悲しくなってくる。
 至和子さんが嫌いってわけじゃない。むしろ、なにかと言葉を交わす度、楽しいとすら思う。けど……
 炊事洗濯掃除その他諸々、家事全般に長けていて。おまけに(出るとこの出た)美女さん。これは結構劣等感をそそられる対象だ。(特にボディライン)
「ところで―――」
 自らもカップに注いだハーブティを口元に運びつつ、至和子さんが笑う。どこか、真意の見えない笑み。綺麗なだけにどこか浮世離れすら感じる、そんな笑みだと思う。
「磨智はんは、私になにか言いたいことがあるのと違いますか?」
「………ん。そですね」
 私は素直に肯定する。少し拗ねたような響きが混じるのが恥ずかしい。情けない。
 彼女のことは、嫌いじゃない。基本的に物腰丁寧だし。特に嫌な思いをしたことはないから。
 けれど、この『なにかを見通されるような眼が苦手』とか言っていたのは…メー君だっただろうか。失礼なこと言っちゃ駄目だよ、とたしなめたのも私だけれど、今は少しだけ同意する。…今さら同意しても、今度はあっちが否定するんだろーけれど。 
「少し前―――至和子さんと、メー君が一緒に出けたこと、あったじゃないですか」
「ああ…ありましたなぁ」
 独特のイントネーションを持つ声でほのぼのと同意された。
 ほのぼのと、なんてことないように。
 でも、今心穏やかでいられない理由は、それだ。
「なんか、やったら楽しそうだったから、妬けるなあ、と思って。その時のこと聞きたいな、なんて」
 あはは、と笑い混じりに告げた言葉が、少しでも冗談っぽく聞こえればいい。
 …私だって、分かってる。楽しそうだから一気に浮気とか言うつもりはない。あれには事情もあったことだし。マスターがノリノリだったからメー君が逆らうはずもない。けど。
 けど、彼がそれまで彼女を若干苦手視しているからこそ、快く見送れたのだ。それなのに評価がガラリと変わってくれば、ちょっと妬くくらいしょうがない、と思う。たぶん。
 ―――先日、いろいろあって。
 目の前の彼女と出かけた時の感想を聞けば、彼は笑った。
『至和子さん? いい奴だったぜ?』
 なんてことのないようにそう言い切る彼にとって、ほとんどのヒトはいい人だ。
 苦手な相手に対してすら『いや、嫌いっつーのとも違うけど?』とかのたもう。
 彼が誰かを嫌いだと評するすることなど、ないに等しい。例外に風矢君がいるけど、あれは売り言葉に買い言葉。本当に毛嫌いしているなら、口を利かなくなる。…それこそ、かつての私にそうしたように。
 だから、あの言葉は、珍しいことではない。こんなことで浮気だのなんだのと騒いでいたら彼とのお付き合いは一日と持たないに違いない。
 だから、だから、怒っているわけではない。怒ってなんてない、けど……
「心配しはるようなことはしてまへんよ?」
「…分かってます」
 分かっている。目の前の綺麗な笑顔も、彼の能天気な笑顔も、疑ってなんていない。
 けど…不安で。やっぱり、もやもやして。でも、今さら彼にそれを言うことはできなくて。
 数いる教皇さんの中から乾さんのところにやってきたのは、こうして彼女と話したかったからかもしれない。
「けど…美人さんと出かけてきてニコニコしてるところ見るのはもやぁっとくるというか。危機感を持たざる負えない複雑な乙女心なのですよ」
 おどけた口調を作って一息にそう言えば、彼女は嫌な顔をすることもなく笑った。
「…磨智はんの話は、少し聞きましたわ」
 そう前置きして、どこか楽しそうな笑みで彼女は続ける。
「やっと想いが通じ合ったさかい、誤解されるようなことはされたくへん―――ああ、ケーキを食べても貴女の作ったモン以外はおんなじ味がするとも言うとりました」
 心配せんとも、十分お熱いのようですわ、と彼女は笑う。
 私の方はといえば、顔面に熱の宿る感覚があった。
 …そんなこと、面と向かって言われたことないのに。ついでにこの間ケーキ焼いた時なんて「甘っ」とか顔しかめたくせに。
「…そう、ですか…」
 渇いた喉にハーブティを流し込む。喉を潤す感覚は心地よいけれど、なにかのつまったような感覚はやっぱりとれない。
「まだ、心配どすか?
 困りましたなぁ」
 クスリ、と笑う声が少しだけ低くなる。
 微妙な変化に、自然と下げてしまっていた顔を上げる。
「私のしゃべることは真っ赤な嘘かも知れへん」
 目線が絡む。真っ赤な瞳がこちらを見据える。
「けど、これが嘘やて、真やて。
 磨智はんには関係へんと違います?
 ―――なにを信じたいのかは、よう決めとるさかいしょう?」
 瞳と同じように真っ赤な唇は、柔らかな笑みを形作った。
 私は何も言えなくなる。だって―――確かに、その通りで。

 嘘でもいいから、それでもいいから。私は君を信じたいから。
 だから、あの時、彼に答えた。
 だから―――本当は、こんなこと、必要ないとも分かってて。
 それでも確かめたくてしょうがなかった。  そんなことすら見通された気がする。

「…あなたは」
 神秘的とかミステリアスとか、そんな言葉が似合うのに。
 その言葉は、なんだかひどく現実的だ。
 現実的で―――人に安堵を与えることに長けている。
 穏やかな笑みの裏にはやっぱりなにかあるんじゃないかと勘ぐらずにいられないのだけれども―――なんだか、彼女がここの世話役のような役目に収まっている理由が分かった気がした。
「…不思議なヒトだね」
 こくり、とハーブティを再び口に運ぶ。
 安堵と共に飲み込んだそれは、どこか優しい味がした気がした。





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