悪戯―――とは。
1 人の迷惑になることをすること。また、そのさま。悪ふざけ。
2 いたずら小僧。いたずらっこ。
3 もてあそんではならない物をいじったりおもちゃにしたりすること。
4 自分のすることを謙遜していう語。芸事・習い事などにいう。
5 性的にみだらなふるまいをすること。
―――大辞泉ヨリ
5ともとれる表現アリにつきご注意を。
牙 −Trick or Treat!−
こんこん、と窓をなにかが叩く音で目が覚めた。
ぼんやりと音の発生源を首で探る。
もはやすっかり見慣れた魔女帽子と、やっぱり見なれた彼女がいた。
……僕、顔も洗ってないんだけどなあ。
いや、気にするところがずれてる。箒にまたがって飛んでる(僕の部屋は二階)それはいい、いつものことだ。けれどなぜにこんな時間に彼女がいるのだろう。…本人に訊けばいいか。
思いながら、窓を開ける。まだ冷やかな風が頬を撫でる。…うん、朝だなあ。
「…まあとりあえず、いらっしゃい」
「ありがとうございます」
窓から入り、危なげなくスカートを畳みながら小町さんは言った。…そう、いつもの巫女服じゃなく、スカート。帽子に合った真っ黒い魔女服なワンピース。
…ベッドの上に可愛い彼女。(カッコウは魔女コスプレだけど)…うん、なんか危ういなあ。(魔女帽子かぶってるけど)
「…どうしたんですか? いきなり」
問うと、彼女は表情をひどく真面目なものに切り替えた。
「とりっくあんどとりーと」
なんだかめちゃくちゃ棒読みで告げられた声に、僕は僅かに目元を抑える。
別に今更このくらいで頭は痛まない。ただ、朝日が眩しかったから、つい。
「…なんとかの意思なんですね」
「大宇宙の意志です」
こくりと頷く彼女は、至って大真面目な表情だった。
それ以上の言葉はいらない、だって恋人だから。(と言わせてくださいせめて)
ああ…予想はしてたさ。やっぱり野郎のせいだろうなあ、と。だってその着てるワンピースいらぬスリットはいってますしね。確かに今日はハロウィンで、仮装してるのは正しいけど、スリットいりませんものね。ミニで箒に乗ってこなかったことに胸をなでおろすべきなんでしょうけどそれもどうかと思いますよ。変な組み合わせでもいつもの格好の方がいいと思いますよ。あと足を隠してもなお肩を出すのはこだわりなんですか、拘りなんですか小町さん…
…嗚呼…ハロウィンって悪魔払いが起源って(この間彼女自身が言っていた)のに祓われてないのか、きっと邪神のくせに。
「『なんでワンピースなんだ』って顔をしていますね」
「…いえ、その、…言わなくてもいいです」
ふふ、と意図せぬ笑いが漏れる。…もはやなにがあろうと彼女が好きだし、邪神こみで彼女だけれど。…たまに問いかけたい。大宇宙のわりにやることせせこましい嫌がらせじゃねえかと。…いや、そんなこと言ったらなんで嫌がらせになるのか説明しなきゃいけないから、嫌だけど。
痛む頭を軽く押さえると、彼女は僅かに首を傾げる。
「おかしいですか?」
「いえ、似合ってます」
思わず即答だった。
僕の口はその後の展開とか考えずにその場の気分に正直になっていた。
…だって本当に似合ってるんだよ。可愛いんだよ。
「…その格好はおかしいとかじゃないんですけど…なんでアンドなんですか。オアはどこに行きました?」
「それが男のロマンだと大宇宙の意志は仰せです」
「…はい?」
なんでお菓子と悪戯が男のロマン? …男のロマン? ……男のロマン。自然と目がむき出しの肩とかそんなところに向いてしまう。その白さに、さきほどちらりと見えた脚を思い出したりもする。
男のロマンな悪戯。……………ああうん、なんかよく分かりました。今まで考えに上らなかったのが不思議なくらいよく分かりました。
強引に目をそらし、壁際に設置してある棚を見やる。…確か、クッキーがあったな。ハロウィン限定かぼちゃ味の。
立ちあがって目当てのものを取り出して、そっと差し出す。
「じゃあ……まあ、とりあえず、お菓子で」
「いただきます」
微笑んで受け取る彼女。
…重ねて言うと、ベッドの上に腰下ろしつつ。
……うーん、やっぱり危ういよなあ。
がぶっといけそうというか、なんというか。いや、いってもいいのだろうか。
……Trick and Treat、か。でも―――アレの意志に踊らされるのは嫌だよなあ。
複雑な思いのまま、包装に包まれたままのもう一枚のクッキーを手の中で弄る。甘そうなクッキー。でも目の前の彼女の方が甘そうに見える辺り色々重症だ。治療不可能っぽい。
ああ、不可能だなあ、と。そう思った瞬間、包装を破いた手が前方へと伸びた。
「…小町さん」
そっと名前を呼んで、にこりと微笑む。たぶん、胡散臭い笑顔で。
「はい?」
「トリックアンドトリート、なんですよね?」
その無防備さに牙を立てるような心地で囁きながら身を乗り出す。肩に手を伸ばし、顎を捕える。不思議そうに瞬く顔に、もう一度にっこり笑ってみる。
まあその後のことなんて以下省略。語るだけ野暮というやつ。
ただ言えるのは、かぼちゃ味のクッキーと言うのは中々かぼちゃを全力で押し出してくる気負い溢れる商品だったということだろうか。
それと―――離れて我に返るとめちゃくちゃ照れくさい、ということだ。
「…クッキーいうよりかぼちゃそのもののようですね」
誤魔化すために言ってみる。
不信と言うかなんというかの何とも言えない目線は変わらない。
だってアンドなんて言うから。アレの意志でそんなこというから。悪戯したいというかお菓子に見えてくるじゃないですか。
拗ねた思いと裏腹に口が動く。
「ごめんなさい」
頭を下げた後に訪れる、とても居心地の悪い沈黙。
…そ、そこまで嫌だったのか。頭上げ辛れぇ。
「…これは悪戯なんですか?」
「は?」
我ながら固い動作で頭を上げる。
軽く唇を抑えるその表情は、冗談を言っているようには見えない。
悪戯―――悪ふざけ。…言われてみれば、良い言葉ではないかもしれない。
「…からかってるわけでも、もてあそんでいるわけでもありません!」
慌てて否定しながら、肩に手を置く。
そうしてから、さらに慌てる。…もしかして、僕、今結構軽いことしてる?
「…口実にいちゃつきたいだけなんで、そう改まって聞かれるとすげえいたたまれない…」
漏れたのは、言い訳めいた言葉。それを恥じらうより先に、小さな笑声が聞こえた。
ほっと肩から力が抜ける。うなだれる。彼女が笑っているのはいいし、いつのまにか髪をみょんみょんといじられているのも、慣れたから良い。けど。…ちょっと悔しいかもしれない。
…心せまいなあ、僕。狭い心の中にすくっちゃった存在が大きいと言うべきなのかもしれないけど。
「……小町さん」
「はい」
「僕にも、お菓子ください」
笑いを収めた彼女を、再度抱き寄せてみる。
本当は、お菓子なんていらなくなるくらい、甘ったるい気分になっているけれど。
それでも、欲には際限がないわけだし。
ということで―――その後のことも、まあ、以下省略というやつだ。
おまけ。
「ところで、その衣装どうしたんですか? 君のマスターの副業のアレですか?」
「いいえ。磨智さんがくれました」
あのコスプレさせマニア―――……………いい仕事してるよなあ。
口に出せない呟きは、軽い溜息になって漏れる。
「風矢さんはこのような恰好が好きそうだとおっしゃっていましたが」
「………」
どの辺をとって『このような恰好』なのだろう、とは怖くて聞けない。…いやだって、足とか肩とか言われたらどうすれば。否定はできないからこそどうすれば。いやしかし僕はむしろ胸が…ってなに言わせたいんだあのセクハラ地龍。
「好きと言うか、小町さんって黒も似合いますよね」
「まあ」
お上手ですね、と笑う彼女に、なんだか非常に罪悪感が募った。
…嘘は言ってないけど、なぁ。