名匠の羽堂さん家に依頼を持っていくと、光龍の子供が戯れていた。
 女の子と男の子。ディアちゃんと水鳥君、だっただろーか。
 仲がいいなあ、親子代々。…って、代々ってほどでもないかもしれないけど。
 そう…彼らの親同士も仲が良かった。思った瞬間、チクと胸が痛んだ。
 否、胸と言うより、耳。
 耳の奥に、いつか聞いたメロディが蘇った気がした。

3.貴方 −仲良く遊びましょう?−

 あれは、トレジャーハンターの日課で収入減の検索で、デスリル銀を拾ったある日。私は一人朝の町を歩いていた。
 質屋で売ってもどうせ大した額にはならないから、武器にしてもらおうと、羽堂武具店を目指していたのだ。
 いい天気だなあなどと空を眺めていると、耳をくすぐる歌声があった。

 ―――とわたし―――仲良く遊びましょう―――

 風にのって、メロディが聞こえる。子供らしい声の子供らしい歌。
 なんだっけ、この歌は。と考えるまでもない。歌の中にタイトルが隠れてる。
「…大きな栗の木の下で、か…」
 幼い歌声には、時折楽しげな笑い声が混じっていた。

 68番地にたどり着くと、茶髪の少年と銀髪の少年が、地面に向ってそれぞれ絵を描いていた。
 少年…といっても、彼らは人ではない。光龍でメイベルドーな方が小唄君で、地龍でリュコスの方が小牧君…だったはず。いつも一緒の二人はお留守番も当然一緒なのだろう。そっと窺った店内には、他の人影はなかった。
 彼らが描いているのは、2つとも同じ、木と少年の絵に見える。
 歌っていたのがあれということは、木は栗の木だったりするのかなあなどとどうでもいいことを考えかけ、ふと首を振る。そんなこと考えてどうすんのさ、私は。
 気を取り直し、膝を折って声をかける。
「羽堂さん、います?」
 同じタイミング、同じ動作で、茶と銀の髪がそれぞれ揺れた。
 子供独特の小生意気な光を宿した瞳が、しっかりとこちらを見つめてくる。
「亜子姉は探索」
「亜子姉は探索」
 綺麗なステレオで答えが返る。いつもながらおみごと。
 検索、かあ…。待っててもいいんだけど、そろそろ3時のおやつだからなあ。今日は緋那がホットケーキ焼いてくれるって言ってたんだよなあ。磨智のリクエストで。 うちの主婦もといおかん、でもなく、愛龍の作るものはとても美味しい。
 それにしても私のリクエストはあんまり聞いてくれないのに、磨智には甘い。…ま、毎日なにかしら食べたいと言いまくってる私と、たまにしか要求してこない親友と、どっちの意見を取り入れたくなるかは明確だけどさ。
 ともかく、どうせなら焼き立てを食べたいのだ。私はホットケーキよりクレープが好きだけど、甘いものに貴賎はない。…この二人に言付けを頼もう。
 ―――でも、その前に。
「アメ、食べます?私が食べたののあまりですけど。
 あ、赤いのがリンゴ味で黄色いのがレモン味だよ」
 ポケットを漁って、紙で包まれたそれを差し出す。
「ありがとう」
「ありがとう」
 にっこり笑って手を差し出された。勿論、綺麗にそろった動作で。
 うあ可愛い。誰とは言わないけど普段可愛げのない風龍とか目つきの悪い光龍に飴玉をいつのまにか奪われてる身としては感動すら覚える。
 ―――ふと、昔同じような小さい子に飴玉を配る機会があって『叶多ちゃんが誘拐犯にー!』とか言われたこととか思い出したけど、記憶の海に沈める。 私は決してロリショタをつれさって喜ぶシュミはない。
「僕はリンゴが好き」
「小唄はリンゴが好きなんだよ」
「小牧はレモンが好きなんだよね」
「僕はレモンが好き」
「そっか…。私はイチゴが好きだから早くなくなるんだよね…」
 交互に言って、きゃらきゃらと笑う姿は、微笑ましいと思う。
 彼らに限らず、子供はかわいい。好きだからと言ってうまく接しているわけでもないけど、ともかく可愛いとは思う。
 小さいから私のことチビとか言わないし。撫でるのに丁度いい位置にある頭とか言わないし。 高いとこにある本とれずに悶絶してる私をイヤーに優しい目で眺めてこれ見よがしにとってくださったりしない。
 大人と子供なら、同じ生意気なことを言うにも、まだ子供だと思えば、更生の余地を感じるのも大きい。
「美味しいよ」
「美味しいね」
「それはなによりで」
 だから、目の前で笑い合う彼らは素直に微笑ましいと思う。好ましいと思う。
 けれど、と思う時がある。
 ぴたりとそろったステレオな声。
 その姿に共通点など少ないくらいなのに、似ているとしか思えない彼ら。
 それは、微笑ましいだけで済ませていいのだろうか。 

 どこまでも同一を目指しているような。
 「私」と「貴方」の境界が、ひどく曖昧なような。
 そんな、錯覚を――――……

 いつの間にか広がった勝手な発想に気づき、思わず目を見張る。そして、そっと首を振った。
 ―――違う、それは彼らの話じゃない。
 他人に干渉するのは嫌いだ。何か起こったとしても、それは彼らの問題で、マスターでも何でもない私にはやっぱり関わりがない。
 なにより、後ろめたい。
 今、自分は、誰と彼らを比べた?――――いや、誰と彼らを重ねた?
 そらした視線の端で、銀色の髪がちらつく。いつまでも変わらぬ位置にある、銀色。……違う。今目の前のこれは小唄君の髪だ。
 迷走しかける思想を切り替えるために立ち上がりぐいと背を伸ばす。そのまま、笑顔を顔に張り付けた。
「ああ私…依頼で来たんです。忘れるとこでした。このデスリル、お金と一緒にお店に置いておくので。鎌に加工お願いします。
 羽堂さんと、他の皆さんに、よろしくと伝えてください」
「うん」
「うん」
 返ってくる答えは、やっぱり綺麗にそろっていた。
 笑顔の二人に笑顔を返して、踵を返す。
 背中から聞こえてくる楽しげな声は、なぜかいつまでも近くに響いた気がした。


 それから、時は経ったある日。リュコラさんが小さな女の子を連れてきた。
 銀髪に青の瞳の、光龍リュコルド種。
 しょっぱなからメーに『小さい兄やん』とナイスなあだ名というか率直な感想を言ってくれた、どこか悪戯っぽい女の子。小唄君の娘。
 ―――ということは、同時に、彼が68番にはいなくなったことを示していて。
 やっぱり時を同じく、小牧君の姿を見ることもなくなった。

 落ち込んでいたのか―――あるいはもっとむごいことになっていたのか、私は知らない。
 知っているのは、彼も子供を残して逝ったということだけだ。そこにどんな感情があったのかは知らない。
 なんにしろ、終わったことなのだから気にすることはないと思う。人の家の事情にあれこれつっこむのは下世話な気がする。
 小牧君が小唄君に抱いていたものは、友情だった…のか、なにか他の依存的なものだったのかは知らないし、これからも知ることはないだろう。
 けれど―――少しだけ、彼が逝く前に、訊きたかった。

 置いていかれて、どんな気分?

「…訊かないけどな」
 それは例えば、そんなに親しくなかったからとか、探られたら痛い腹を晒すことになるからとか、機会がなかったとか、そんなんじゃない。
 どう訊いたって私の欲しい答えは返ってこないだろう。だから。
 だって私は彼ではないし、彼の相方はあいつではない。
 …ただ、種族が同じだけで、それだけで。確かにあいつは幼いままだけど、彼らほどじゃない。重ねたあの一瞬の方がどうかしているのだ。
 だから、なにも訊かない。代わりに、あの日聞いた歌を思い返し、そっと唇に乗せる。
 思い返すのは、彼らの楽しげだった頃にしておこうと思う。

 大きな栗の木の下で
 あなたとわたし
 仲良く遊びましょう

「大きな栗の、木の下で…」
 無邪気な歌を口ずさむほど、唇に途方もない苦さが広がる。
 その苦さの所以を、今はまだ追及しない。
 今はまだ――――せめて。

 ただいまと玄関をくぐる私に、おかえりをくれる銀色の相棒が、私の傍らを望んでくれるうちは。




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