夢を見た。
知っている場所の、知らないお部屋。
夢を見た。
知っている龍の、知らない姿。
王 −それは食欲の−
夢を見た。
そこは、知らない場所。
けれど、あえて言うのなら…125番地なのだろう。
見覚えのある龍がいるのだ。
知らない部屋の中の知ってる彼は、積まれたパンをぱくぱくと食べる。
細身の少年の身体へどこへそんな量が入るとでもいいたくなるような量のパンを、ぱくぱく、ぱくぱくと。
やがて、そのパンもなくなってしまう。
すると、少年は残念そうな顔をして、そうして。
壁をじっと見つめる。
―――そこで、目が覚めた。
青い髪の女は僅かに頭を振り、夢の残滓を振り払った。
「お前どうしたの? 変な顔して」
「…お腹のすく夢を見たよ」
リビングに降りた後そう言って、彼女はパンをぱくつく。
そうして、朝食を終え。昼食を、夕食を終え、一日を終え。
彼女は再び夢を見た。
夢を見た。
そこは、知らない場所。
けれど125番地だと感じるのは、見覚えある彼がいるから。
知らない場所の知ってる彼は、大きな瓶からなにかをごくごくと飲んでいる。
細身の少年の身体へどこへそんな量が入るとても言いたくなるような量の液体を、ごくごく、ごくごくと。
やがて、その液体もなくなってしまう。
すると、少年は残念そうな顔をして、そうして。
壁をじっと見つめる。
―――そこで、目が覚めた。
昨夜と同じような夢を見たな、と、女の唇は呟いた。
「…朝っぱらからなにかしたのか? おかしい顔して」
「…腹下しそうな夢を見たよ」
リビングへ降りた後にそう言って、彼女はコーヒー牛乳を飲み干す。
そうして、朝食を終え。昼食を、夕食を終え、一日を終え。
彼女は再び夢を見た。
夢を見た。
そこは、見慣れてしまった気すらする知らない場所。
けれど、今度はひどくよそよそしい。
緑色をした龍は、今日、そこにいない。
ただ、彼の見つめていた壁にぽっかりと穴が開いている。
そうか、食べちゃったんだ。
―――そう思って、目が覚めた。
いや、さすがに、それは、ねぇ。夢の内容に静かにつっこみ、女は苦笑した。
「……なんか、ものすっごく顔色悪くないですか、あなた」
「…いや、怖いっていうか失礼な夢を見たんだよ」
リビングへ降りた後そう言って、彼女はハムを頬張る。その色合いは土壁に見えないこともなくもないけれど、ハム。壁は食べれない、たぶん。飢餓の際壁の種類によればワラを仕込むものもあり、それを取り出し食べる話を聞いたことはあるけれど、それでも。ここはそんなに緊迫してはいない。はずだ。
悩みながらも朝食を終え。昼食を、夕食を終え、一日を終え。
彼女はやはり夢を見た。
夢を見た。
ぽっかりと壁に穴の開いた部屋の中、見知った龍が困った顔をしている。125番地内部事務担当らしい彼は溜息をついた。見知った男の人も、同じような顔をしていた。バンダナを巻いた彼が乾いた笑みを浮かべていた。
―――ついに壁まで来たか…
―――マスター、整備お願いしますね。
困ったような顔をして、二人は穴を見つめる。
その眼の先に、なにがあっただろう。
―――お隣に注意しにいかないといけませんね。
―――そこで、目が覚めた。
女はじっとりとにじんだ汗ではりついた髪をかき上げる。深く息を吸い込んでも、動機は激しいままだった。
「…4日連続でなんつー顔してるのマスター」
「……怖い夢を見たんだよ」
リビングへ降りた後そう言って、彼女はじっと壁を見つめる。いつもと同じく白いそれに、穴があいているような気がした。
「―――つーことが、あったんですよ」
「…ははぁ、なるほど。それであんなことをしているのですねぇ〜かなたさん」
得心言った、と言うように頷いて、バンダナを巻いた青年はちらりと横を一瞥した後、憂鬱そうな顔をする光龍へ視線を戻した。
「…本当に壁、食うんですか? アイツ」
訝しげに言う光龍。
『本当』にと訊く理由は、先日目の前の彼と契約を結んだブルーホワイトの言った言葉ゆえ。
『テーブル食うんですか。エゲちゃん』
『最近は、テーブルすら被害に遭います』
遠い眼をした彼は、続けた。
『壁が被害にあい始めたら……お隣のかなたさん、注意しておいてください』
その忠告を、光龍の主は非常に真摯に受け止めた。真摯に真剣に受け止めすぎて、夢にまで見た。
諸々の感情から顔を曇らせる光龍に、青年はにっこりと笑う。
「いや、いくらアプエゲでも、まだ壁は食べていませんよ」
「まだって言ってるじゃねーですか、まだなんですか!?」
「さぁ、どうでしょうねー」
爽やかに笑い続ける青年に、光龍は顔を蒼くする。まだって。食べるかもしれないのかよ。食べるのか。うまいのか、壁って。
そんな二人から少し離れた場所で、四日間微妙な夢を見続けた彼女は叫んでいた。
「アプエゲ君、復唱しましょう。壁は食べ物じゃありませんっ」
「壁は食べ物じゃありません―」
与えられたパンをむしゃりと一口で食べた彼は繰り返し、満面の笑みを見せる。
その笑みにつられたように2切れ目のパンを放った後、彼女は握った拳を無駄に空へ掲げる。
「お菓子の家は実在しません。だってアリがたかるもの!」
「たかるものー」
再び満面の笑みを浮かべる大食漢。
その食欲は王のごとく。
どこまでもどこまでも突き進み―――いつか、壁を破るのか。
それは、彼の胃袋のみ知る。
「壁よりおいしいものを食べましょう! 世界には美味しいものがいっぱいですよぅ!」
または、叫ぶ彼女の住む家の壁などが知るのかも、知れない。