それは、石のようにゆるがない意志でつかんだ、幸福のお話。
どこにでも転がっているようで、宝石のように眩い幸福を選んだ、ある青年のお話。
石 −犬も食わないなんとやら−
「メイベルドーさんは明日、その辺りの道に転がっている石を拾って持ち歩いていると良いことがあるはず」
「はぁ?」
そんなことがあって、思わず間の抜けた声が出たのが昨日。
その昔、ヒトの髪ぬきまくってくれた光龍とヒトのこと小さい兄ちゃん呼ばわりした光龍の残した、同じく光龍の娘。
彼女がよくわからない趣味を持っているのは、まあかなたが話していたから知っている。だから、驚いたわけではないけれど、それでも。それでも、いきなりあんなこと言われてもなあ。
なんでだよ、と訊いても良かったんだけど、その後は、なんか風矢が出てきたから特に話してない。つーかいちいち睨むなよ。そこまで俺が嫌いなのかよ。
「いや、別にそれでもいいけどよ…」
呟きつつ、なんとなしに拾ってしまった石を見つめる。
持ち歩くのは邪魔そうだ。
「…石、なあ」
こんなもんで来るいいことってすげえささやかそうだよなあ。
なんて思ってると。
「メー君♪」
背後から、ぎゅむ、と抱きつかれる感覚と、むやみに楽しそうな声。
慣れたとはいえ恥ずかしいことをしてくる磨智を、それでも引きはがす気にはなれない。
「なに悩んでるの? 珍しい」
「失礼だな、俺だってちぃったあ悩むぞ?」
「えー? 信憑性ないな」
顔が見えなくとも満面の笑顔だと分かるその声は、確かに俺の言うことを面白がってしかない。
…失礼だ。俺の悩みの原因の8割は誰だと思ってるんだ。
「つーかお前、いつまでくっついてんだよ」
「気のすむまで?」
「お前の気のすむまでは長いから嫌だ」
「ケチな男だね。嬉しくないの?」
「…恥ずかしいんだよ」
「嬉しくは、ないの?」
またまたにっこりとでも音が聞こえそうな声で、磨智は答えを求めてくる。
顔が熱い。
公衆の面前(っても庭だけど)でなにを言わせるんだ、こいつは。
「ねえねえ、答えてー。答えてくれたら離れるよー?」
「……悪かねえよ」
嫌だったら今黙って抱きつかれてねえじゃん…ぼそぼそと言えば、クスクスと笑い声が返る。
「言い方が気に食わないけど、まあいいか」
腹のあたりに回されていた腕がぱっと離れたと思うと、正面に回りこんでくる。
「で、なに唸ってたの?」
どんぐりみたいな大きな瞳が、こちらをしっかり見上げてくる。
…以前なら、目線はこれほど開いていなかった。それこそ、あの光龍の両親の生きていた頃、確かに俺は小さかった。だから本気で反論はできないけど…たまに、今あったら小さい呼ばわりされなかったのかな、とか思うことは、ある。
…なにはともあれ。
あの頃、こっそりと悔しい思いをしていたから、ではないけれど、今はこの状況が気に入っている。
伸びた背と共に、捨てた何かはあるけど。ただ捨てただけじゃなくて、違うものになっていると思えるし。なにより、なんかこう、こうしてこいつに見上げられてるのはいい気分と言うか、その、可愛いし。
不満があるとしたら、風矢の馬鹿は勿論ベムにも身長が届かなかったことくらいか。…まあ、しかたねえっちゃあ仕方ないけどな。
「…別に、たいしたことじゃねえよ」
言いつつ、俺は眺めていた石をそっと庭に戻す。
別に小町が嘘をついてるとか信じるのが馬鹿らしいとか、そんなわけじゃない。風矢がホンモンだつーなら、そうなんだろう。
けど、別に。俺はそんなものいらない。
「…んなもんなくたって、俺は」
「え?」
不思議そうな声に、思わず声に出していた言葉を反復する。
再び、顔が熱くなる。
「なんでもねえ。ほんっとなんでもねえ」
「君がそういうこと言う時は、本当じゃないんだよねー」
「んでもねえっつったらねえんだよ!」
「じゃあなんで赤くなるの?」
「あー…熱中症だ!?」
「自分で納得してないよね、その言い方」
「いや、本当気にすんな! 頼むから!」
そんなものなくたって、俺は。こいつがいれば、十分すぎるくらい幸せだ。
浮かんだ言葉を、こいつにだけは聞かせるわけにはいかない。
―――でも。
その後、延々と問いつめられ、結局言わせられることになる。
いや、いいんだけどな? …………幸せ、だし。