かなたが度々足を運ぶカフェがある。
 町の住人が所有していると言うカフェ。
 そこには毎晩…というにはムラがあるものの、ともかく、町に住むマスターが集まる。マスターがいれば当然ドラゴンもいる。
 彼女と言葉を交わしたのも、そこでお茶でも飲んでいた時だったと思う。
『二年ほど前の私を見ているようだ』
 なぜそんな台詞を受けるにいたったのか、その過程は覚えていない。
 ただ、彼女が私をそう評したという事実は、確かに胸にしみついている。

1.私 ―私の定義―

 時折吹く風は葉の落ちた木を揺らす。
 見上げる空は蒼く高く、地上には陽の光が照りつけるものの、冷え切った外気は身を震わるには十分すぎる。
 季節は冬だ。
 こう寒いと憂鬱だ。寒いと、我が家のマスターが引きこもり、炬燵から出たがらなくなるのだ。見ていて非常に見苦しい。ついでに掃除の邪魔だ。
 だから、今年は考えたのだ。
 寒かろうが気にならない格好をさせればいい。例えばマフラーとか。
 あれでもマスターは戦闘系なので、衣服が度々血飛沫で汚れるが…その時は脱いでもらえばいいのだ。
「…まあ、それでも出たがらなければ蹴り出せばいい」
 ぽつりと呟いて手芸屋の扉に手をかける。
 目指すは店内の一角を占める、色とりどり毛糸コーナー。
 そこにむかってツカツカと歩いていくと…知った顔を見つけた。
 グレイの髪を桃色のリボンで飾った、すらりとした地龍。個人的に親しいわけではないけれど、故意に無視することは気が引けた。
「…こんにちは」
 そっと声をかけてみる。
 彼女は一瞬驚いたような顔をして、すぐに微笑した。

「なにを作るんだ?」
「マフラーをいくつか。主人の分と、自分の分と…あとは頼まれれば買い足して作ってもいい」
 彼女はそうか、と頷いた。
 そして、ほんの少しニヤと笑う。
「あの彼には?」
「………」
 生真面目な人だと思うのだけど、たまに妙なことを聞く人だと思う。
 どの彼だ、と言うのもなんとなく癪だ。子供くさい。
「頼まれたら作るよ。
 あなたこそ、あの白衣の彼に作らないのか?」
 精一杯冷やかすような口調を作って問いかけてみる。
 彼女は頬を赤くして、「気がむいたからな」とのたもうた。
 その腕の中に、染まった頬とよく似た色の毛糸を大切に抱いた彼女は、幸せそうに見えた。


 手芸屋を出て帰路につく。
 ゆっくりと息を吐けば、空気が刹那白く染まる。
 本当に寒くなってきた。急いで編まなければ出番なく冬が終わってしまうかもしれない。
 なんとなしに足を速める。と、背後から聞き慣れた声がした。

「緋那?」
 どうしたの、こんなとこで。
 言ってこちらに歩いてくるのは、馬鹿龍もといベム。
 その片手には紙袋が抱えられている。あれは本屋の袋だ。…買い物帰りか。
「少し買い物してきただけだ」
「何買ったの?」
「…毛糸。かなたにマフラーでもやろうかと思って」
 お前には関係ない、以前ならそう言って立ち去っていた。
 けれどそうしないのは、流石に不誠実だと思ったからだ。
 決して好意的な目で見始めたのだと早合点されても困る。
 だからそんな期待に満ちた目で見るな。
「お前の分はないぞ」
 今のところ、とは言わない。
「…やっぱり」
 見るからに落胆したように肩を落とす奴をそのままにして置くのがためらわれ、話題を変えようとする。自然と、あの白い後姿が浮かんだ。
「ああ…そこで、咲良に会った」
「それがどうしたの」
 落としていた肩をしゃんとあげた奴に問いかけられた。
「…彼女を見ていると、思うよ」
 しばし迷ったが、心のままに告げる。
「私がこのままでいることは、お前にとって実に理にかなったことだ、と」
「…なぜ?」
 奴は心底不思議そうに呟いた。
 私は続ける。ほんの少しだけ、遊び心をこめて。
「彼女は変わった。やわらかくなったって感じかな。同性の私から見ても可愛いと思う」
「…それが?」
「彼女は変わった。それは良い変化だと思う。彼女とは特に親しくないが、見ていて嬉しいものがある」
「…それはいいけど。本題」
「ついでに、主人に言わせるとああいうのはツンデレというらしい」
「…性格をいくつかのパターンわけしようとするところは無意味だと思うけど。そうらしいね」
「かなたに言わせると私もそういうタイプらしい」
「…デレられた覚えがない」
「そうだ。そんなことをしたら、私じゃないからだ」
 核心にたどり着き、自分が笑みを浮かべたのが分かる。
「彼女は変わった。それは彼女らしい変化で、喜ばしいことのように思う。
 だが私がああなったら違う。なんかもう違う。それはもう『私』じゃない。だろう?」
「…は?」
「つまり、このままでいることは『私』が好きなお前には不都合がない。違うのか」
 言い終えると、重い沈黙。その後に、重い声。
「違う。…致命的に」
 ベムはゆっくり首を振る。ひどく沈痛な表情だった。
 …いや、確かにへ理屈だとは思うが、そんな顔されるほど馬鹿な話だろうか。納得できない。
「僕は貴女に振り向いて欲しいから好きだと言っている。
 見ているだけでいいならなにも言わない。本当にただ見ているだけ」
「…気持ち悪いな、それは」
「ひどい」
 正直に返すと、再び肩を落とした。
 けれどそれは一瞬。すぐに気を取り直したように顔を上げる。
「ともかく、どんな貴女でも愛する自信、あるから」
「………それは………」
 私は告げられた言葉をじっくりとかみしめる。
 そして、呟いた。
「節操がないんだな」
 言い切ると、ビシッと音を立てて奴の固まる気配。
 なんだ。そんなに衝撃的な言葉なのか。私は本音を言ったのに。
「…おい、ベム」
 顔の前でひらひら手を振ってみる。
 奴は固まったままだ。
「……い」
「え?」
「遠すぎるよ」
「なにが」
「春が」
 フフ、と悲しげに笑って、歩き出すベム。
 …ふらふらして危なっかしい。
 ………節操がない、くらい何回か言ってる気がするのだが。なにかそこまで辛い言葉だったのだろうか。
 聞き出そうとしたが、ふらふら歩く奴は非常に声をかけずらい。
 胸の奥に釈然としない思いを抱え足を動かす。吹き付ける風は変わらず冷たい。
 確かに春は遠いけれど。
 そういう意味で言ったのではないのだろうな…