「それにしても、今日は付き合ってくれて嬉しいよ。咲良サン」
両手いっぱいの紙袋を上手く肩を動かして支えながら、ダージリンは同じく買い物帰りの戦利品を、こちらは両手に行儀よく纏めてすぐ隣を歩いて咲良に横顔を向けて屈託ない笑いを向ける。
「ん?……ああ、別に気にするな。私にも断る理由はなかったんだし」
ここ数日、初夏の兆候を見せだしている昼下がりの日差しの下で様々な店舗が林立する商店街を歩いて回る地龍の少女ニ匹。
発端になったのは荷物をぎっしりと手にする方の茶髪の少女、ダージリンからの誘いの一言だった。咲良にとっては正直、予想外だったショッピングへの誘い。
「それにしても、まさかお前の方から……」
「『暇ならボクと一緒に買い物にでも出かけない?』って、ボクから誘いをかけてくるとは思わなかった……かな?そりゃま、そうだろうね。ボク自身、こんなことを誰かと一緒にする気になってお願いしに行くなんて思ってなかったからね」
咲良の言葉を途中で唐突に遮って、一気にまくし立てると、そのまま快活そうに笑うダージリン。思わず両肩からなにかが抜けていくような感じに咲良は襲われた。
最初に知ったときから、あるきっかけが元になってそれなりに一緒に話をするようになった今でもこの少女の不可解と言うか、突拍子もない言動に咲良は大きな溜息で無駄に二酸化炭素を消費させられるばかりだ。
それでいて、悪いやつかというとそうじゃないだろうとも一応思える。相変わらずの短い茶髪に今日はコートの下に短いベストと無地の赤ネクタイと言うまるで男のような格好をしているが、じそうじゃないなら、きっと魅力的な風貌になるんだろうとも感じる。実際、こうして笑う仕草にもどこか品の良さみたいなのが伺えた。元々育ちの良いとこの子が無理して不良ぶっているような感じ……と、でも言ったところだろうか。
「……実際、私はお前がこんなにあちこちの店を知っているとまでは正直思わなかった。
詳しいんだな」
気を取り直してそう言うと、ちょっと目の前の意外な一面を知った地龍に微笑んでみせる咲良。
「……」
「……?」
その素直な表情を見たダージリンの表情がほんの僅か強張ったように見えた。
「ねえ、そろそろここでご飯でも食べないかな?どこかゆっくりと食べれそうな場所でさ」
「?ん!?……ああ、もうそんな時間か。私は別にいいけど」
いつもと若干違う空気を纏ったようにも見えたダージリンの表情に怪訝そうにしていた咲良が次に気づいたときには、既にそのこと自体が白昼夢ででもあったかのように、ダージリンはいつものダージリンのままでいた。
「ねえ、咲良サン。この間の話覚えてるよね?」
「……この前?なんだ?お前とこの前話したことといったら……」
再び歩き始めた2人の地龍は時計の前に差し掛かっていた。時計の針は既に夕刻と分類される数字を指そうとしているが、初夏の日差しはまだ高く上っていて、ほんの少し前の季節より長い昼間を保っている。
「幸せってなんだろうね……って話さ。なにかを犠牲にしなきゃ得られない。ましてや、それが悪いことなのか良いことなのか、それすら結局は個人の裁量とも周りの裁量ともつかないような形の中でコロコロ変わる。正義と悪も。善人と犯罪者も。戦争も。ゲームの勝ち負けも」
「ゲームの勝ち負けなんかは、別に負けることが必ず悪いとは限らないけどな」
何の意図があるのか分からないし、別に無視すると言う選択肢も十分あったのだが、咲良はちょっとだけ横槍を入れてみる。
「そうだね。ゲームってのは楽しむことが本文だからね。むしろ負けても楽しいってことは普通かも知れない。
けどさ、そもそも勝つか負けるかってのも、最初から決まってるもんじゃないよね。
むしろ決めるものだ」
もう一回、横の良くしゃべる龍の横顔に咲良は目をやった。表情が特別変わっている訳じゃない。ただ、少しだけ思いつめたような感覚がするだけで。
「ボクらが……龍もそれ以外もこれは同じだと思うけど。過ごすことに最初から決められたことはない。こういう生き方をしてみたいと思って、その理想を頭の中のどこかで描きながら……嫌な言い方をすれば、それとそれほどずれてない生き方を努力して実現させて、それになんとなく満足して時間を潰していく。失敗したら……凄いショックなんだろうけど、それも本当は元から決まっていた勝ち負けじゃないからね。
意外とそうなっても、とりあえずはそれほど『負け』を抱えて普通に生きていける」
「そんなのは、それこそ誰だって当たり前に起こることだけどな。
それがない奴はいないだろうし」
咲良にとっても、そのマスターにしても、一緒に暮らしている龍たちにしても、カフェで語り合う友人たちにしても、そして咲良を受け入れてくれるあの白衣の龍にしても咲良にとって大事な存在は、みな形は違えどダージリンが言ったようなものを抱えているし、乗り越えてきている。
「それで、起きてしまった『敗北」に少し時間がたってから気がつくときがあるんだ。
その時は、もうそれ自体は取り返せない。
それが大きいことか小さいことかはともかく、それ自体は取り返しがつかないんだ」
そう言うダージリンの顔は別に悲しそうだとか悲壮感あふれる表情では全然なく、ただただ普段とあまり変わらなく見える様子だ。
「結局、今回はお前は何が言いたいんだ?」
咲良の問いかけに、ほんの一瞬俯いて……それからダージリンはくすり。と恥らうような笑みをする。
「時間は確かに過ぎちゃったし巻き戻せない。そのブランクは消せないけどね。またここでなにか昔から離れてやり直してみるのもいいかな……って思って。だって、今日買った服ボクの故郷のからのものなんだよ?
食事のあと、是非試着して欲しいんだ。咲良さんならきっと似合うよ」
小首を傾げて微笑む地龍に、買い物袋の中身であるドレスの方を食い入るように見て、ちょっとだけ間をおいて――咲良は僅かに困った顔になった。



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