「あれ?こんなところで会うなんて奇遇ですね」
朝町のある花屋の一角。
さしずめ奇襲と言う表現も出来そうなくらい唐突な背後からの呼びかけに、鉢植えの花をゆっくりと見ていた鮮やかな赤い髪の少女は振り向く。振り向くと、そのまま整った顔立ちの表情を大きく動かすこともなく僅かに眉だけを顰めた。一応は相手が不審な者ではない、とにかく見知った程度の顔であることを確認してから返事をする。
「ああ…こんにちは。…いきなり誰かと思ったら、貴女だったのか」
無愛想ではあるが、決して邪険ではない口調で炎龍の少女――緋那は真正面の、ほんの少し前までは緋那の背後だった位置に立つ男物のコートを羽織り、黒味の強い茶髪を短くした浅黒い肌の種族は違えどやはり同じ龍。大きな瞳の全体にくっきりとした顔立ちがその浅黒い肌と相まって人懐っこい雰囲気を造る少女に挨拶をした。
確か緋那の記憶では、自分のマスターが解毒や蘇生に行ったりする教皇さんとこのダージリンとか言う名前の変な龍だった筈だ。
「どこかで見たことある後姿だと思って…ちょっと声をかけてみました。
ボクみたいなのがこんなところに来るのは…まあ、ちょっと場違いかもしれませんけどね」
「…いや、なにも貴女がそんなことを言うことはないんじゃないのか?」
遠慮する様子もないままに、ダージリンは一方的にまくし立てる。
嫌いというほどではないとしても、緋那にとっては少なくとも苦手な部類に入るタイプだ。
「それにしても、よいお花ですね」
緋那のフォローには答えずに、姿勢を前に寄せながら緋那が手にしている鉢植えをなじなじと眺めるダージリン。
「随分とこういうのが好きなのですね…」
緋那に対して…と言うよりも、まるで自分で勝手に納得したかのように視線を鉢植えの中のひとつであるチューリップにやったまま頷くように顔を寄せる。
「…ああ、花好きなんだよ」
なにやら腹の内がいまいち読めないその仕草に軽く警戒しつつ、鉢植えの方に日那も視線を移した。
「実はボクも、こういうのに手を出してみようと思ってて
けど、あるんですよねえ…」
「…なにがだ?」
「いえね、考えることというか…まあ、砕けていうと思うこと…って言うのはボクら龍とかだけのものじゃなくて花にも言えるんじゃ…って思って。
いやいや、興味はあっても相手のことが分かってないんじゃうまくいかないってのは同じだと思っているんです」
腕を胸元で交差させながら、苦笑いぽい表情を作る。
「まあ、花によって植える位置とかに気を使わなきゃならないからな…」
「ですよねえ…これは夜桜、紫水晶、イルデフランス…よいやり方は花によって違う」
まじまじと眺めたまま、今度は心底感嘆したかのようにダージリンは呟く。
「実はね、ボク実はこの間遺跡の周辺を散策してたんです。
なにかいいお花が見つからないか…ってね。
そしたら、その…勿忘草がたっぷり咲いていて…」
「勿忘草?」
唐突に話題が変わる。面食らいながら緋那は鸚鵡返しにその花の名前を繰り返した。
「綺麗でしたね…ただ、そのお花が…どうにもボクは
「あれは、花は綺麗なのに何故か不吉な由来すらあるくらいだしな
昔、あるところの騎士が恋人のために川辺までその花を摘もうとして川に溺れてしまう。溺れる中で騎士は最期の力を振り絞り、自分の思いを花に託して川辺に投げて、自分を忘れないよう懇願した。
残された恋人は騎士の墓にその花を捧げていつまでも忘れないよう、『勿忘草』の名をつける。
「むしろ、自業自得とでも言うべきかも知れないな。
自分の好きな人の為に向こう見ずなことをして一方的に残された恋人の立場は…」
何故か、そこまで言って緋那の脳裏に一緒に暮らす炎龍のことが浮かんだ。
本当に…何故なのか。
ダージリンは、それに対してちょっとだけ無表情になり、そしてすぐにまた言葉を続ける。
「そういう話もありますね。ただボクにはそこが城だったから…
それが面倒だったのかな」
「城?」
今度こそは理解ができそうになかった。
話があちこちに飛び過ぎている。
「勿忘草は今みたいなロマンチックな話だけじゃないんです。
ある国の王様が国を負われる屈辱を受けて、そこにまた舞い戻る決意を花に託すんです。
王子は最後にまた戻る」
「ああ…」
ある話だけを、つい意識していたことに気づく。
ものごとにまつわる思いは、決して一つだけじゃないのに。
「ボクはね、城ってのもやっぱり心や考えが生み出されるもんだと思ってます。
塀で外と己をしっかり囲み、装飾と自分の強さを守る。
ボクが…こうして着ているコートみたいなもの…
心を囲うと、いつの間にか相手の方に注意がいかなくなってしまってしまう…」
「…貴女が自分を城に例えることはないだろう」
目の前の彼女には、彼女の壁みたいなものがあるのだろう。
それを取っ払いたくてこうした話をしてるのなら、あまりに回りくどすぎると少なくとも緋那自身は思う。
「ええ、ですからゆっくり自分の花を育ててみますよ。ついでに言うと、あの城に勿忘草が咲いていたとこ…それは荒れた城の上からまた新しく広がっていくようでしたよ」
そこで初めてダージリンは屈託なく笑う。
「綺麗に咲くといいな」
緋那はそれまでと変わらずにそっけなく、しかしひたすら素直に返した。
「ええ、その時は緋那サンに詳しく教えてもらうつもりです
では、長く話したけどボクはまたやることあるので」
そう言うと、コートの裾を直してダージリンはレジの方に向かっていった。
残った緋那は、また買って帰ろうとしていたチューリップの鉢植えをゆっくりと眺める。
さっき脳裏に浮かんだある炎龍に、それこそどういう形で今度なにかをするかも考えて。