「闇って奴を無理やりにでも定義してみるとしたら、一体どういうものだと思う?」
若い女性の声が問いかける。
いたずら半分。好奇心半分。
悪意と好奇心で善意はないが、少なくとも誰もが一度は思う疑問である事は間違いない。
だから問いかけられたバンダナの男は、ちょっと思案顔になる。
「無理やりにでも……と言うより、無理やりしか表現できないものだね」
「 エルヴさん、ちょっとは手っつだってくださいよ」
モンスターとの戦闘を終え方で大きく呼吸を整えた直後だった。イソレナは自分の傍で戦利品のインゴットを嬉々として回収している相方に身内に対して彼の取る態度にしては珍しくきつい口調で対咎めている。
イソレナの手には握られているのはここに来る時の為に強化した鎌。
眼前には、たったいま紙器で無残にも原形を留めないほど破壊された魔動兵の残骸が転がっていた。
その魔動兵の外装を覆う材質であるミスリルを魔力で加工して純粋なミスリル銀の鉱石に還元する。
朝街に暮らす者で戦闘工芸両方の意味で腕に自信がある者が生活の糧として行う事の一つである。
そして今魔力を当てているのはイソレナ。
「何言ってんの?現マスター。こうしてしっかり袋に詰めているじゃない」
そう言いながら、イソレナの魔力によってたった今鉱石に還元されたミスリル銀をしっかりと自らの背負っているバッグに詰め込んでいる。
イソレナはそれに対して追い打ちをかけるように突っ込む。
「だから、それはエルヴさんが自分でアクセサリーにする為に目を付けたものか、あるいは質屋で売りさばいてお金に換える為のものでしょう!」
イソレナはとにかく心底困ったような様子だった。
ダークデビラゴスのトゥエルヴ。イソレナの家でともに暮らす使役龍の一員である。
抜群のスタイルを惜しげもなく晒す長布巻きの独特な格好をした、漆黒の髪と同じく吸い込まれそうな黒い瞳を持った妙齢の美女の姿を有する闇龍である。
それだけなら、希少種であると言う点以外で彼女がイソレナの使役龍として大きく他の朝町の使役龍と外れるところは無いのだろう。
その奔放さとか、極端なまでの男好きも個性の範疇だ。
そして今、こうして許可書を所持して初めて探索が許可される危険地帯の邪悪な塔に付いてきてこれ幸いとばかりにイソレナがモンスターと戦闘して勝利した時にモンスターから入手したいずれも町で貴重品高級品として取引される。或いはその為の材料となるレアアイテムの中でも、自分が欲しいと思ったものだけを片っ端から詰め込んでいる。その行為自体も実ところ朝町では日常茶飯事の精神さったりする。
「もう、ケチ臭い事言わないでよ!現マスター。どうせ、現マスターが本当に興味あるのはもっと上にある珍しい武器の事なんでしょ?」
不機嫌そうに頬を膨らませながら、トゥエルヴはイソレナの方を向いて反論する。
整った顔に妙に小悪魔めいた印象を与えている、白い八重歯が薄暗い中でもはっきり確認できた。
現マスター……
朝色の町の中でも同じ龍が別の2人のマスターを、別の2つの体を有して仕えるケースは極めて異例と言えるだろう。
前のマスターであった、イソレナの恋人宅の間で起こったある一件で一度確かに存在は消滅し、その少し後に失った体を再び得た。が、それはどうにも不本意な結果に終わり、その後更に三度目の正直で正式にこの世に再び肉体を持って存在する運びとなった……
と、まあそう言う訳である。
「だからさあ、一度死んじゃって現世に戻ってくるとさ、生きてる事って素晴らしいって事が以前より強く実感できちゃうのよねー」
そう言って、笑うトゥエルヴ。
イソレナは説得を諦めたのか大きく嘆息して武器を再び構える。実のところエルヴの言ってる事はあながちいい加減なこと出鱈目でも無いのだろうとイソレナも思う。
一度本来の肉体を失う事になった際に、それと並行して自らの存在意義そのものにかかわる選択をしたのだ。
それは、ある意味肉体的な死より強い事だったのではないか
今でもイソレナは割り切ろうとした思いを抑えきれずにそう思いを馳せてしまう。
「って訳で、もうこの先が扉なのよね?先言って待ってるわ」
イソレナの思惑など無視して、言うや否やエルヴはあっという間に暗がりの廊下の向こうに姿を消して行った。
残されたイソレナは、ふと周りを見やる。
外界から完全に遮断された塔の上層。本来はまだ昼間の時間の筈なのに辺り一面に太陽の光の恩恵は届かない。
闇……
それは、別に決まって太陽が沈む時間だけに来るものでは無い。
そんな事を嫌と言うほどイソレナが理解してしまったのは、一体どれほど以前の古い時間の出来事だったか。
あの頃から、ついほんの少し前までの話なのに、イソレナにはまるで遠い昔の別の世界の物語だったかのように思える
そう。まるで光が来れば闇が遠ざかりまるでちがう世界になるように。
そして、それは簡単な事で逆転する。
それがイソレナにはある意味で最も恐れる事だった。
おそらくはトゥエルヴもそうかも知れない。
「っっっきゃあああああ!!!」
凄まじい悲鳴が廊下の向こうから唐突に響いてきた。
イソレナは慌ててエルヴが消えていった直線の通路を追い掛けて行った。
闇に包まれた先が足刻一刻と朧になって溶け込んでいくをイソレナは感じた。
塔の側壁から差し込む僅かな明かりに目が順応して、やがてトゥエルブの姿が見えてくる。
「どうしたんですか?トゥエルヴさん」
そこまで言い掛けて、イソレナはトゥエルヴの視線の先にある者に気付いた。
「おおう!」
今度はイソレナが思わず悲鳴を上げる番だった。
それは、無残に血まみれになってその中に突っ伏したままピクリとも動かずに倒れこんだままピクリとも動かない1人の男の姿だった。
「で、死体になって横たわっていたって訳?」
いくら目が慣れてきたとは言っても、流石に話をするには不便だろうと言う提案で敷かれた焚き火を前にトゥエルヴは心底呆れた様子でその事実を声に出して確かめる。
塔の真ん中の一角に一旦陣取って、胡坐をかいてふんぞり返るトウエルヴ。キャンドルの炎の逆光にあたって見えるその顔はやや呆れ気味だ。
「そう、露骨に生暖かい目で見れらてもなあ……」
べっとりと付いた血糊をハンカチで拭きとりながらトゥエルヴの視線に気が付いたのか、
気まずそうに頬をぽりぽり掻きながらエルヴと隣にこちらは行儀よく体育座りのイソレナの視線から座る。
黒いローブを着崩した若い男、教皇乾だった。
魔力で点火された焚き火の勢いが強まって、周囲の者の表情を紅く照らす。
「だってさー、塔に登るのに食武器と食糧とハーブを揃えるのに気を取られて肝心の防具装備品が呪付きである挙句にそれを身につけたままモンスターと戦って、呪い発動して返り討ちにあって貴重な許可書を無駄にしてるんなら世話ないわよ!」
あははは……とあっけらかんと笑うトゥエルヴ。
乾はかなり苦々しげにハンカチを懐にしまうと、そのまま手をこめかみに当ててボリボリと掻き毟る。
ハンカチで拭きとったものがものだけに、薪で大きく熱せられている周囲に強い鉄の匂いがぷんと漂った。
「ああ、ちなみにその時一番協力な槍を温存して余裕たっぷりに鎌で斬りかかった揚句に一撃で返り討ちにあっとるんそやし、
世話はないどすな」
使い終わった完全復活の書を畳みながら優雅な物腰を崩さずに、この焚き火とまずは話し合いの提案をした乾のこちらも
トゥエルヴと同じ闇龍に属するシワコワトル種の紫色の振袖姿の妖艶な美女の姿をした龍。
至和子はにこやかな笑みで止めを放つ。
何やら、焚き火の周囲に居る者の中で乾の居る空間だけが影が濃くなったかのようにイソレナには見えた。
「しかし、困りましたねえ」
イソレナが苦笑いしながら会話に割り込む。
「乾さんも僕も、ちょうど鍵の鑑定が出来ないんですから……」
話し合いの本題。
それはちょうど角を曲がったところで何やら散乱している荷物を見つけたトゥエルヴが中を覗いたところやはり
貴重な鉱石の邪神石や不死身薬の入ったバッグが放置してあった。
これ幸いと中の物を詰め込んでいた最中に……
「まさかあのタイミングでいきなり肉眼で見えない個所から急に何やら呟く女の声と若い男の呻き声が聴こえてきたら、
誰だってビビるわよ!」
悪びれる様子もなく、トゥエルヴはその時の状況を振り返る。
乾の死体に驚いたトゥエルヴが思わず鍵の入ったバッグ落としてしまい、更に普段は乾の影の中に潜んでいる至和子が蘇生の為に現れた事で驚いたトゥエルヴ。
その際に両方のバッグが落ちてしまいこの先の扉を開けるのに必要な瑪瑙の鍵が紛れ込み更に内一本は破損してしまったのだ。
「どっちがどっちの瑪瑙の鍵か……はあ、困ったどすね」
いつもは飄々とした至和子も、流石に今回ばかりは本気で困った様子で呟く。
元が有機物でかつ、尚且つ超回復を使えるトゥエルヴなら一応有機体を再生させる事なら可能だ。
が、対象が瑪瑙の鍵となると今回は流石にそれも無理な相談で会った。
そうである以上、どちらかが譲歩して穏便に解決する……のがせめてもの残った最良の解決手段だろう。
「で、それをどう決めるかですよねえ……この場合、鍵が一本無事に残っててそれがどちらのだったのか分からない」
唯でさえ、明確な法的基準が存在しない朝町だ。
だからこそ、長く住む者は逆に自然にモラルには厳しくなる。
とりあえず、どちらも納得する出来るだけ最良の解決方法……
「なら、こういうのはどうどすか?」
至和子が唐突に切り出した。
思わず、残る3人の視線が至和子の方に集中する。
相変わらず、至和子はその薄い唇に薄笑い浮かべたまま切れ長の瞳をすっと細める。
「勝っても負けても恨みっこなしの、試合形式で」
『はあ!?』
あまりと言えばあまりな提案に、他の3名の声がハミングして塔に反響した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ至和子さん。町の中なら確かにそれで決着をつけて恨みっこなしは良くありますけど、
ここはそれが危険な塔の中ですよ?」
「おいおい……俺とイソレナさんじゃ戦闘力では圧倒的な開きがあるだろ。
仮に素直に折れて鍵を渡す気としても、流石にその発想は無い」
「う〜ん、まあ、それならねえ。現マスターとあんたじゃ戦車とミジンコくらいの戦闘力差があると思うし……」
1人納得したように目を閉じてうんうんと頷くトゥエルヴ。
「そもそもミジンコを倒せる戦車なんてあるのか?
どっちかと言うと同じ世界の中で完全に違う次元を行動している存在なんじゃないのか?」
乾が思わずトゥエルヴの方を見て反撃する。
まあ、冷静に考えてみれば確かに可能性は限りなく低い。
蟻って奴は体の構造とその質量の関係でエッフェル塔から落としても何事も無かったかのように歩きだすのだとか。
「あんた……自分でその台詞空しくならないの?」
乾は再び項垂れた。
「それで、試合ってどういう形で?」
益々雲行きが怪しくなった気がしないでも無い提案にイソレナはせめて少しでも軌道を修正させようと、
念の為にに至和子にダメ押しで聞きなおす。
「ああ、試合と言うても物騒な力の競り合いじゃおまへんよ。
イソレナはんと乾はんのますたー同士でげーむと言う形で決着をつけて
もらうのも手やないかと思いまして……」
至和子はイソレナの瞳の奥を伺うようにチラリと目配せをしながらその問いに答えを返す。
「ゲーム……?」
イソレナは訝しげに至和子のその提案を口に出して確かめる。
「るーるは自前。
決着仕方も自前。
この場で考えた事で互いに取り決めをする。
そないなら納得いくんではおまへんどすか?」
トゥエルヴが、思わず感嘆したかのように軽く声を上げた。
イソレナも、それの言葉には同意だった。
武力でも金額でも決着が相応しくないダンジョンの中でのトラブルなら、話し合いで
それ以外の形に変えて決着を付けられる方法を使えば良いと言う発想もある意味この町らしい。
「なら、そのゲームのルールですが……」
「それは俺が決めていいかな?」
乾は挙手する。
返事も確認しないままに腰を上げると、きょろきょろと辺りを見回して何やら散らばった物を散策し始める。
少しの間、辺り一面の中から色々な物を漁って、やがて一息つくと胡坐をかいて何やら目線を明後日の方に向けて
考え込むような仕草になる。
イソレナもまた、この場に相応しい互いが納得のいく条件で決着できるゲームを考えていた。
そこで、ハッとある事に思い当たる。
「乾さん、こんな事言っては何ですけどやるなら純粋に運とか単純な勘で決着がつくようなゲームにしてくださいね」
乾が軽く眉を潜めたのが焚き火の炎の中からでも確認できた。
「乾さんはどうだか分かりませんが、僕は昔ロシアンルーレット紛いの勝負を渋々ながら受けた事もあります。
毒の入ったコップとただの水のコップをどちらが先に選んで飲むと言った事もさせられて事がありました。
そんな馬鹿な目に遭いたくないから毒の勉強だってしています。
ですから、そう言う条件での勝負は僕には無駄だと思ってくださいね」
少なくとも嘘では無い。
昔、まだあの北の方に居た頃にはそう言う訓練もした事があったのだ。
だから。フェアでは無い。
アンフェアが通じないアンフェア。
「ロシアンルーレット……
毒はすぐ分かる……
ねえ……」
意に介したのかそうでないのか、頬に握ったこぶしの甲を当てながら暫し考え込む仕草を続けた後唐突に乾は再び腰を上げた。
今度は散らばっていたアイテムの中からすぐにミスリルの鉱石を拾うとそれを懐から何やら取り出した工具でいじり
最後に魔力を当てる。
教皇の職に就く者が有する、銀細工の精製。
しばらくすると、それは鍵の形。
トゥエルヴ達の目の前にある瑪瑙の鍵の形とそっくりに変化した。
作業を終えて、消耗したのか一息付くと乾は戻ってくる。
それと同時にトゥエルヴが開けていた洋酒の瓶の栓を一本毎奪ってグラスに注ぐ。
「!ちょっとあんた」
流石にトゥエルヴが非難の声を上げる。
それを乾は無視して、
「ルールはシンプルな方がいいんですよね?」
そう言って、作り上げた瑪瑙の鍵をもう一本元からの鍵の前に並べる。
「どっちが本物かを正確に当てられれば勝ち……ですか?」
イソレナが察したように乾の目を見る。
「その通り。もちろん、
「仮に分かったとしても、馬鹿正直に鍵を取る必要はない。
何しろ、僕らの間では形状もサイズもそっくりに見えても、結局は鍵を判別するフロアの機能は間違える筈はありませんかあらね」
いつの間にか、冷静な口調になって乾はイソレナの予想を肯定する。
「それなら少しは面白いかもね」
酒を勝手に引っ手繰られた事で不機嫌になっていた、
トゥエルヴもちょっと興味を控えたかのようだった。
「で、どっちが先に?」
イソレナが問いかける
「それはもちろん、現マスターが先手でしょ!
あんたはルールを全部考えたんから、現マスターが先にやらないと不公平だわ」
イソレナの言葉に口を開きかけた乾を制してトゥエルヴが乾に詰め寄る。
乾は無言でトゥエルヴの言葉を首肯した。
「これは、まあ確かに……」
目で見るか、それでなくても手触りで調べる事になるのだろう。
応用すれば方法は無限にあるだろうか、突き詰めると5感が鍛えられた方が有利だ。
それで、第6感がと言える物を有する物は言うまでもなく。
「イカサマは仕掛けておきましたから」
乾がボソりと言う。
「イカサマ。
フェイクとでも言うかな。
それでも、5感かあるなら6感があれば大丈夫でしょう。
改め方は互いで考えると言う事で」
イソレナを煙に巻くような事を言い放って、2本の鍵を渡す乾。
ゲームは始まった。
先手はイソレナ。
2つの鍵をよく見てみる。
観てみる。
なるほど、2つは良く似ている。
5本の指で丁寧に一方の鍵を丁寧に触って確かめ、そして次にまたもう一方の鍵を同じように触る。
同じだ。
そう感じる。
見える以上に感じる感覚を以てしても2うの鍵は全く同じ手触りだ。
流石にこれ以上はイソレナでも限界だろう。
「提案自体は僕からした事なんですし、どうですか?」
乾はエルヴの酒をグラスに注ぐと
片方をイソレナに進める。
「……」
イソレナは一瞥だにせず、乾の言葉にも反応せず2つの鍵をじっくりと眺め続ける。
焚き火の日は益々勢いを強めている。
この調子だと、そう持たないだろう
「……乾さん、どうぞ」
一旦2つの鍵を手に取って渡す。
ジャッジメントを務める至和子が2つの鍵を受取る。
その炎に照らされて振袖の下から伸びる白い指先がイソレナの手に触れ、ひんやりと冷たい感触が走った。
辺りはかなり炎の熱でかなり熱くなっている事実など、まるで意に介していないと言う雰囲気で、
至和子は悠然と乾に鍵を渡す。
「調べさせてもらいます」
言葉少なに
ルーペを取って炎に体を焼かないぎりぎりまで近付いて目を近づけて調べ始めた。
丹念に同じ個所を調べると言うのでは無く、一旦ルーペを使って片方を確認しては
もう片方と照らし合わせて違いがないかどうかを区別する方法のようだ。
それを繰り返す
再び、喉が渇いたのか乾は酒の入ったグラスを口に近付ける喉を大きく動かす。
乾の額に浮かんだ大きな油汗が炎に反射した。
「自分で振っといて何だけど……ちょっと分からないな」
矯めつ眇めつ2つの鍵を観察していたが、乾は諦めたかのように鍵を2つ揃えて
エルヴに差し出した。
「あ〜あ〜。もうこれだけしか残ってないじゃない乾」
エルヴは鍵よりも、むしろ酒の残りが半分を切った事に苛立っているようだった。
「もう〜!現マスター今度でちゃんと終わらせてよね!これ以上お酒が減らないように」
自分勝手な物言いだったが、トゥエルヴの方を見てイソレナはニっと笑う。
「分かりました、任せてくださいよ!トゥエルヴさん」
自身に満ちた笑顔だった。
実のところ、勝算はあった。
今のトゥエルヴの一言ヒントになった。
それまでのイソレナの勝算は温度差。
5感にしっかりとその形状と指でそれが持つ熱を刻み込ませる。
イソレナはだからさっきの一回目で最初の鍵の温度をしっかり覚えさせたのだった。
そして、そこに来て乾のイカサマの意味も理解できた。
酒を飲むそれで体の微妙な感覚が狂うイソレナでは無い。
イソレナが最初から確固として持っている勝算。
銀は金属の中で最も熱伝導が高い。
それが文字通りの勝利への鍵だ。
どうやら2本目の鍵を触ってみて、さっきよりほんの少しだけより熱く感じる事に
確信したイソレナは、正解を選ぶ。
「乾さん、至和子さん。
選ぶべきは……」
「これです!」
イソレナは選んだ鍵を示す。
それは、2本目の鍵。
「む!」
乾は愕然とした様子でイソレナの選んだ鍵を凝視する。
至和子、は相変わらずにこにこと笑っている。
「現マスター、ホントに自信あるの?」
「ああ、そりゃそうさ!だって、僕が触れた一回目に触れたこの鍵は二回目に触れた鍵より僅かに帯びた熱が弱く感じたから
ミスリル銀精なら熱を帯びて僅かに温度が熱くなる」
「はあ!なら逆じゃないのよ?」
トゥエルヴは訳分かんないと言った表情でイソレナに喰って掛る。
イソレナは、そんなトゥエルヴを諭すように続ける。
チーズを勧めながら。
訳も分からいままプロセスチーズを口に含んトゥエルブはとにかく口直しに手元に残ったグラスの酒を全部飲み込んだ。
「ブフッ!!」
思わず噎せ返った。
酒に強い筈のトゥエルヴがこれは耐えきれないとばかりに咳き込む。
口いっぱいに広がったのは、酒のきつさと舌が麻痺するような塩の味だった。
「なにこれ……塩?」
「そう!ですよね。乾さん?」
ここで勝負がついた事を確認する為にイソレナは乾の方を振り向く。
乾は看破された事に完全にお手上げと両手を挙げておどけてみせた。
「ふう、あんた本当塩入りの酒を飲んでたの?でもなんで
いや、そんな訳ないわよねこれ正真正銘私が町外れで買ってきたカップ酒だもの……」
口直しに開けた、もう一個のカップ酒を含みながらトゥエルヴは不可解と言わんばかりに首を傾げる。
「そりゃでも、その一杯で舌はだいぶまともになったでしょう?」
至和子がちょっと意地悪っぽくトゥエルヴに舌の調子を促す。
「そりゃあ、口はだいぶっまともになったわよでも氷も入れずにこんなくそ熱い場所で飲む酒はハッキリ言って……氷?」
ここにきて、エルヴようやく意味に気付く。
氷を入れた際にこっそり乾は散策のする振りをして手に入れた調理用の塩を入れたのだ
「塩に氷を入れるとどうなるか……
トウエルヴさんだって経験あるでしょう?
氷と塩、違う融解物同士が水の中で溶け合うとより大きな融解のエネルギーを持つ塩の影響で
氷は普段以上のスピードで氷解して、その分だけ温度を奪っていく。
それで低温になった酒を口に知らず知らずに含んでしまえば、ボクの体温も気がつかないうちに下がってしまう
毒なんかは含んで無かったけど、そういう罠はあったんです」
「流石イソレナさん。僕の負けです」
ミステリー小説で探偵役に看破された犯人のように、少しだけ考えたことを全て看破された悔しさを滲ませながらも、乾は何だか楽しそうに言う。
「乾さん、どちらかを分からないと言う前にあきらめがつく前に
汗が急に増えていましたから」
「そこら辺は微妙に詰めが甘かったですね」
と、言って乾は肩を竦めた。
気が付くと炎は消えていた。塔の中にまた闇が訪れている。
そんな中でイソレナは瑪瑙の鍵を僅かな差し込む陽の光を頼りに鍵穴に差し込む。
轟音と共に扉が開いて上からの光が闇を引き裂くように差し込んだ。
例え塔でも光は差し込むのだ。
「これからどうしますか?」
イソレナは後ろに立つ乾を振り返る。
「せっかく作ったんですしね。
これをベースに更に強化銀細工を作りますよ。
何、今度こそはまた許可書を手に入れてリベンジしようと思います」
「じゃーねー!お2人さん
結構、楽しかったわよ!」
イソレナが挨拶を交わし、トゥエルブが手を振る。そうして互いは別れた。
「闇って言うのは、物事をみえなくする……か
闇って奴を無理やりにでも定義してみるとしたら、一体どういうものだと思う?」
若い女性の声が問いかける。
いたずら半分、好奇心半分。
悪意と好奇心。
善意はないが、少なくとも誰もが一度は思う疑問である事は間違いない。
だから問いかけられたバンダナの男は、ちょっと思案顔になる。
「無理やりにでも……と言うより、無理やりしか表現できないものだね」
闇が過ぎれば光が昇る。
沈まない日は無いし晴れ無い闇は無い
それは真理と言う物だろう。
イソレナとトゥエルヴは、とにかく先にとにかく足を一歩に進める事にした。