「この世には、不思議な事など何もないのですよ!」 
眼鏡のレンズが、日光を反射して鋭く輝いた。
不敵な笑みには、揺るぎない自信が感じられる。
両手を白衣に身を包んだ腰に当てて佇む、その男の周りは無数の植物が一帯を取り囲んでいる。
観葉植物、ハーブ類、果てはトレント等の知的植物まで(一応、安全用の結界は張ってあるが……)
この場を外界と隔てているものは、側面から天井までの空間にドーム状に隈なくアーチを描いて組み上げられた鉄骨とその間を繋ぐガラス板。
物理的には外界から隔絶され、視覚的には外界を無防備にして光と熱を取り入れる作為的な亜熱帯。
降り注ぐ光を生み出している上空に昇る天体は何を隠そう、この地龍ガーウェイン種の白衣の男と奇しくも名を同じにする者であった。
「太陽サン、ボクの方はいつでも構わないよ。
準備は出来てる!」
そんな太陽の傍で少女は、グッ!!と親指を立てて合図した。
太陽の着ている、白衣と対抗するかのように白いコートを着込んだ短い茶髪の褐色の肌の少女だ。
分厚い男物のコートを羽織ってはいるが、しかしその下はラフな半そでと短パン姿で履いて靴はスニーカーと言う、概ね女性っぽさの感じれれない服装だ。
太陽と同じく地龍の、ダグダ種ダージリン。
太陽の住む町の、マスターを異とする龍だった。
「君には期待していますよ?THE・助手」
「『任務は遂行する』『仲間達に後で奢る』……太陽サン達にも御馳走しないと行けないのが、助手の辛いところだね!」
 そう言うと、少しだけ気恥ずかしそうにダージリンはペロリと舌を出す。
が、次の瞬間に軽く目を閉じて背筋を伸ばして深呼吸をするように深く息を吸い込むしぐさを見せた。
 その直後、四方八方から朧に土煙のような煙幕が立ち上がり、それはすぐに砂の人形のような形になる。
「悪い、『仲間達』。急に呼び出して……
 今回、ボクがキミたちに頼みたいのは……」
小声で何かをダージリンが口にした後、砂の人形は再び形を崩しまるで霧のように上昇していく。
それらは細かい粒子になってガラス板に密着し、徐々にガラス板を通して降り注ぐ陽光の威力を僅かに弱めた。
「ちょっとだけ、ボクらも含めてここに居る生き物は元気が無くなるね」
ダージリンは、呟く。
出来るだけの分量で、ダージリンの言うところの『仲間達』。
即ち砂の精霊を使役して、辺り一帯の土の粒子に同調させそれらをガラス板に密着させて光の威力を弱める。
ダージリンの今やった事は、つまりそう言う事であり。
ダージリンの有する能力は、地龍としてもある意味では強力な部類に入る能力である。
生まれ付いて持っていた能力だったらしいが、当のダージリンはつい最近までその正体が分かっておらず、最近ある異能力バトルを扱った作品に極めてそっくりな能力が出てくる事を知り、初めて自分なりに納得したと言うのは、今のところ地龍仲間では太陽だけが知る話だ。
「悪いけど、ちょっとだけ使わせて貰います!貴殿の力」
そう言いながら、太陽は辺り一面に栽培されている植物の内のある植物に歩みを進めていった。
白衣のポケットの片方から、1つの箱を取り出す。
明けたその蓋の中には、大きく割れた琥珀の指輪……
「咲良さんの為にも」
視線を、その相手が今居る筈の位置に一瞬移す。
観葉植物の葉に隠れていたが、確かに見える黒い丈の短い服に灰色の短い髪……
ふと、こちらが目を移したのと同じタイミングで振り返ったように見えた。
太陽は、つい苦笑いをして改めて今やれる事に集中しようと決めた。
何、太陽の光は曇ってもまたすぐに刺すものだ。






事の発端は、2人に限ってなら割かし平凡と言えるものだった。
咲良が自らのマスターである、68番地の主人羽堂亜理紗の代わりに買い物を終えての帰り道。
 気が付くと、通り道に人間一人が軽く中に入る事が可能なサイズの、巨大なプレゼント箱が放置してあった……
 普通なら(常識では無く)、無視する以前に脳の認識から本能的に排除する事が利口と、咲良に限らず判断するところだが、ここで恐らく何らかの取捨選択を覚えてしまっているのが、悲しい習性と言う物なのだろう。
 咲良自身、それは重々意識しながら、買い物袋を置いて巨大なリボンを丁寧に解いて行く。
「咲良さん〜〜!!」
 箱の中から白衣に身を包んだ眼鏡の姿が飛び出してきた。
 反射的に、咲良は砂のブレスを吐く。
 太陽の体は、いきなり慣性の法則を逆転さながら後方へ吹き飛び、顔から着地した。
「太陽!!」
咲良は、すぐに顔面からうつ伏せに着地した太陽の傍に駆け寄り介抱する。
口では咎めているが、行動はそれと全く真逆の太陽を吹き飛んだ太陽を気遣うような仕草だった。
「せめて、少しは私にあっさりとまともに反撃されないくらいにやれ……
それで、何の用なんだ?」
咲良の問いに、太陽はそのままの体勢でぐるりと一回転しながら飛び起きる。
ダメージはそもそも無さそうだ(地龍は、もともと超回復能力を標準で会得しているのが基本の種族ではあるが)。
そのまま、砂埃を払いながら白衣の内側を何やらまさぐる。
中から取り出されたのは、一枚の封筒。
「この度は、この太陽!咲良さんに是非来て欲しいところがあって場所を指名するものです!!」
「……はあ?!」
今回も唐突だったし、いつにも増して唐突だった。
咲良の困惑した顔をよそに、太陽は胸に手を当て礼儀正しく一瞥するとそのまま去って行った。
その瞬間だけ、目はふざけた様子の無い。真剣そのものな目になっていたが。





「HAHAHA!!如何ですか?咲良さん。良いところでしょう」
太陽の封筒に指定された時間に借りた馬車に乗ってやってきたその先は、朝町の外れにある湖畔だった。
「わあ!!」
思わず、咲良は感嘆の声を上げる。青く澄んだ湖の水面は、穏やかな風に揺られて日光を反射しながらたゆたっている。
岸から上は、見渡す限りの芝生が広がっている。淡いブラウンに染まった一帯は冬の落ち着いた気候を物語っていた。
冬の季節でも、自然はきちんとその季節の優美さを見せる事を示すような一幕。
「それでは、行きましょうか!!
ええ、お見せしたいところはここのすぐ先です!!」
太陽は馬車から飛び降りると、足早に水辺沿いに駆け寄って行く。
「え?あ、おい!太陽!!??」
その後を慌てて追いかける咲良。
太陽の進む先には、湖の中央部分に立つ石造りの背の低い塔のような建物が見えていた。
湖畔の周りには、観光客用の為らしい手漕ぎのボートが数台置かれており、されらの更に先には、跳ね橋が1本だけ通り道として湖から伸びている。
「……あれは?」
その円筒の上にドーム状に設置されたガラス板越しに見えるのは、自然の流れに逆らったような、鮮やかな緑色の光景。
「これこそが、今回私が貴女をどうしても招待したかった場所。まだ知られざる隠れた名所!
湖畔の植物園です!!」





「なるほど、凄いな……」
椿の花を軽く指先で突きながら、咲良はちょっと感動した様子だった。
塔の中では数多くの観葉植物が葉を茂らせている。その成長を促すようにドーム状にアーチを描いて組み立てられた鉄骨と鉄骨の合間にガラス板が敷き詰められ、外界の日光の勢いを増幅させて取り込んでいる。
視覚的には無防備な、物理的には隔絶された空間。
(雛姫を、今度連れてくるのもいいかもな)
同じマスターの使役龍の事を思い出しながら、咲良は太陽の誘ってくれたこの植物園のユニークさに感心していた。
何だかんだ言って、素朴な湖畔の中に造られたちょっとした花と観葉植物の庭。
太陽から聞くところによると、受付は飽くまで名簿に名前を任意で書き込むだけで、この施設には職員は在住しない形らしい。
一応は公営の施設であると言う理由と、多くの植物はむしろ養育に必要な近隣の町から仕入れてこの場に経由する形の方が効率が良いから……
と、言う理由かららしい。
普段は太陽が自分を連れて朝町から来たように、主に近隣の地域から馬車などを使って定期的に専門家なり観光客なりが足を運んでいるとの事だった。
係員なども在住しない魔力オート制御で、場所が場所だからか今は自分たち以外に客もいない。
それでも、こういう静かな雰囲気は嫌いでは無い。
「ところで、咲良さん。ここで是非、貴女に見てもらいたい特別な花があるんです」
太陽は、ハタと気づいたように歩みを止めると咲良の手を引いて突然ある方向に向かう。
「ちょ!?ちょっと!!どうした太陽!!」
咲良は太陽の強引な行動に戸惑いつつも、『特別な花』と言う言葉に一瞬ドキリ!と胸が高鳴ったのを感じた。
ここに来て、自分に見せたい花……
その向かった先は、植物園の中でも一際区切られた一角だった。
そして、今太陽と咲良の眼前で鮮やかだが毒々しい真っ赤な壺状の、巨大な分厚い葉を大きくうねらせている
「太陽……念のために聞くが、これは一体?」
「HAHAHA!!これぞまさに、この植物園の目玉!!この一帯でも珠玉の一品!!
取り入れた物を消化し、養分に変える極めて特異な性質を有するウツボカズラの亜種!!
その消化吸収力は、大動物から果ては鉄などの無機物まで消化還元して己の養分に……
あ!!何をされる咲良さん!!」
最後まで言わせることなく、咲良は砂のブレスで太陽を埋めていた。





「全く、太陽の奴……」
咲良は腕組みをしながら、出口でまだ上の植物園で何かを調べているらしい太陽の事についてぼやいていた。
いつもの事と言われれば、いつもの事とは言え太陽。あのガーウェイン種の行動は一見すると非常に理解がし難い。
ふざけている、もしくは何も考えていないのかと思える時は、彼と一緒に行動している時の大部分において感じるし、実際それは的をある程度得ているのだろうとも思う。
かと言って、その考えは的に近づくが命中はしない。
毎回、その飄々とした掴みどころの無い態度の裏に想像もしなかったような深慮遠謀が隠されていたりするのだ。
計算して己を道化として振る舞えるのは、既にひとかどの才能の証拠。
そんな事を思いながら、咲良は視線を跳ね橋の方にやってみる。
ちょうど、岸部のところには一台の新しい馬車が止まっていた。
その中から、咲良と太陽とは別に2人の若い男女が姿を現す。
どうやら龍である自分たちとは違い、人間らしくその身なりの良い服装から察すると朝町の住人では無く、その近隣の地域に住んでいる比較的裕福な家の者同士のように見える。
その雰囲気からして、明確に恋人同士だろう。屈託のない笑顔を互いに向け合い、何が面白いのか何やら会話の合間に2人で大きく盛り上がっている。多分、何が面白いという訳ではないのだろう。
きっと、2人でいる時間が何よりも幸せで仕方がないお互いがお互いを愛し合っているカップルなのだ。明確な恋人同士と言う言葉を脳内で反復した咲良は、自らのマスターと、その彼女の故郷で出会ったらしい、3年ほど前から朝町に住むようになったバンダナ巻のスタイルが印象的な、あの青年の事に考えが及んでいる事に気がついて、ちょっとだけ面白くない表情で跳ね橋を渡る事にした。
2人連れのカップルは、そんな咲良の心情を知る由も当然なくその内男性の方は何やら女性と正面から向き合うと、ポケットから大事そうに小さな箱を女性の目の前に取り出して見せるのが、咲良の視界に入ってくる。
(指輪……か)
複雑な気分だった。
あの幸せそうな、面倒事なんか一切縁のなさそうな恋愛をしている感じのカップルと、自分のマスターとそのマスターが大事と思っているらしい(咲良自身は不本意だとして)あのバンダナ巻きの青年が、ああ言う平和な恋愛をしていたら……
そう考えてしまうからか。
それとも……
自分に指輪を贈ると言ってやって来た、あの太陽に対する自分の気持ちをふと照らし合わせてしまったから……?
(何を考えているんだ?私は……)
どうして、そんな発想に至ってしまったのか。
思わず、頭を左右にぶんぶん振って今自分が考えた世迷言を振り切ろうとする。
その時、咲良は足場から妙な歯車の軋むような不快な音が響いてくるのに気が付いた。
跳ね橋を支える橋桁のロープが、大きく緩み始めているのが目に入ったのはその一瞬後。
目の前では、2人のカップルが入場用のアトラクションである馬車に乗り込み出発する光景が繰り広げられている。
咲良は、考えている事に気が付いた頃には既にその場に駆け出していた。





咲良はとりあえずの応急処置をした後、近くの大木を日除けにして根本に男性の横たえた男性の体に超回復……
地龍種が主に持つ、体内の自然治癒力を外部の精霊達と干渉する事によって急速に高めさせる術を掛ける。
隣には、ショックからの憔悴もあり唯悲嘆にくれている様子の男性の恋人。
少し先の、跳ね橋がさっきまであったところには大破した馬車の残骸がそのまま転がっている。
跳ね橋が完全に途中から外れる直前に咲良が間一髪で駈け出した事もあって、何とかカップルの内の女性と、馬車を運転していた御者が湖に沈む前に橋の外へ脱出させる事には成功した。
当面の問題は、残った男性の方だった。
タイミング悪く、倒れた馬車の下敷きになってしまった男性を砂のブレスを使う事で救出する事には成功したものの(この事で、咲良とまだ植物園の中に居た太陽が人間では無く地龍だと言う事が他の人間2人に分かる事となった)、一見しただけでも下敷きになった際の衝撃で全身から直視できないくらいの出血をしていて、骨も折れているようだった。
御者と2人で揺らさないように、今咲良達が居る大木の根本まで運んで今の経緯に至っている。
跳ね橋と馬車の倒壊した音を聞きつけたらしい太陽は、入口から姿を現した後に何やら非常用の電話で誰かに連絡をしていた。
流石に状況が状況であった為に、その間しばらくは太陽を植物園に皆で置き去りにする形になってしまった。
(太陽、悪く思うな……)
そう内心思いながらも、今は男性の治療に専念する事が先決だった。
どうにも、割り切れない『理由』も丁度今傍らにある。
傍らに置かれた傷だらけの箱……
そこに埋まった琥珀の指輪。
それは、馬車の転倒に巻き込まれて日々が深く入っていた。
何だか、心がひどく傷む……
そうして、更にしばらくの時間が経過した頃……
「太陽サンから来てくれって言われたら……そう言う訳ですか。
とにかく、ボクも手伝わせてもらいますね」
唐突に地面から穴を開けて、土を身に纏った人形のような姿の中から褐色の肌をした白い男物のコートの少女が現れた。




 
「ここはどうやら、もう1名だけ、地龍の助っ人が必要みたいでしたからねえ」
杭にロープで固定されたボートを背に、太陽があっけらかんと言い放つ。
ダージリンは、ここに到着する以前に既に状況は太陽から聞かされていたらしく。
そして、その対応もかなり的確な物だった。
「ここでボク達がロクに顔を覚えずに別れてしまった場合、龍ってのは執念深い種族ですからね。
噂を聞きつけて、遠くの街の人に顔を見られて術を見せた事をやたらと警戒してあらぬ詮索をボク達の間でする結果になるかも知れない」
すぐに大破した馬車の御者と事故にあった女性に、彼らが街に帰った際に状況証拠の証人として龍の顔を覚えさせておく事は必要では?との話題を暗に引き出し、御者達に街に救助を呼びに行かせる前に、太陽をこの場に呼ぶ事を承諾させた。
 龍とそれ以外の種族が、普通に共存している朝町のような環境は生憎どこでも通用する話でも無いのだ。
そのまま、横付けされたボートの一隻を借りて植物園まで移動してダージリンが太陽を連れてきてからは、話は益々早く進む事になった。
それが良い話だったかは、咲良にはまだ判断の付きかねる話だったのだが……
「太陽!」
最も早く沈黙を破ったのは、咲良だった。
「何でしょうか?咲良さん?」
突然、肩を掴まれ離れた所まで半ば強引に太陽を引っ張って行くと咲良は凄い剣幕で一瞬ダージリンの方に視線をやりながら太陽の顔を睨む。
「先に言って置きたいのは、何故あの娘をわざわざこの場に呼んできたんだ?
あの娘には悪いが、ぶっちゃけ地龍の助っ人が欲しいってんなら……
例えば、ポコスとかじゃダメだったのか?
こう言う状況に、まだ私たちとそこまで近しいとは言えない娘を呼び出して手伝ってくれと言うのは酷な話だろ!」
今までの太陽の判断をきつく咎める咲良。
首根っこを掴まれた太陽は、その咲良の非難に対して弁解もせず、かと言って反省の色を浮かべたと言う訳でも無く……
「フフフ」
「……??」
例えて言うなら、気まぐれな猫が悪だくみをしている時の表情がもしも人化したら、きっとこう言う顔になるのかも知れ無うと言う、そんな笑み。
意地の悪い笑顔を太陽は咲良に見せる。
「咲良さんは、やはりこんな状況だってのに周りを気遣う。
ダージリン君はもちろんの事。
あの人間のカップルに対しての自己犠牲精神も!
それでこそ、咲良さん!!」
「!!」
予想外の方向から責められた。咲良は思わず顔を真っ赤にして太陽の顔を凝視する格好になる。
首根っこを掴む腕に力を込もった。
「馬鹿を言うな!私がこうして怒ってるのも、全てお前がさっきから滅茶苦茶な提案ばっかりをするからじゃないか!
ふざけていないで、一体これからお前はどう収拾を付けるつもりなのか、ハッキリしろ!!」
思わず狼狽してしまった分も含めて、咲良は太陽を尚更強く非難する。
太陽は、その叱責もまるでどこ吹く風と言う風に猫みたいな笑みの表情のまま、唐突に瞳には真剣な色を宿して切り出した。
「どこが悪いって、咲良さんは熱くなってしまうとせっかくの鋭い洞察力が鈍ってしまう事ですよ」
ともあれ、ダージリンに連れられボートから芝生へ上がった太陽は、そのまま木陰で悲嘆にくれた様子で泣き崩れる、デートに訪れていた女性の両手を強く握り、手品なのか薔薇の花をポケットから取り出すなどして慰めた後(不思議な事に、太陽がやる事でこの女性に限らず、随分と勇気づけられるのだった。こういうのを才能と呼ぶのだろうか)、その場に居た全員を一列に集めた。
咲良は、横たわっている男性に依然超回復を掛け続けていた。。
男性は依然意識を失ってはいる様子だが、見たところここ数十分以内に新しい血が流れた様子はない。
今立っている位置から、跳ね橋の方にダージリンは目を向ける。
ブラウンの芝生に点々としている血、そしてその手前で大破している馬車。
現場を見ていないダージリンにも、もしも後ほんの僅かタイミングの遅かったなら、疑う余地もなく取り返しのつかない事態になっていた事を嫌でも確信させられる風景だった。
「……何とか、大丈夫だろう」
真剣な表情で男の方に超回復を掛けたままの姿勢で、咲良はダージリンに今の状況を口にする。
「本当!?良かった!」
ダージリンはその大きな眼を開いて、思わず興奮した様子で口を開いた。
ダージリンは、馴れた手つきで男性の脈拍を取る。
「……かなり安定してきてるよ。ボクら龍なら、このまま完全に回復するまでゆっくり体を休めるのがいいんだけど、このヒトは人間だったよね?」
例え表面的な姿をそのまま同じように取り繕っていても、龍と人間の構造は根本的な部分から違う。
例え、回復力そのものを桁外れに外部から底上げしても飽くまで基本的に治癒する部分が限られている人間の体は回復力だけで細かい傷や骨折を治す事は出来ない。
(朝町の住人は、れっきとした人間として籍を置く者でも日常茶飯事の如く不慮作為的を問わずに死んでは生き返る事が出来るのだが、どうやらそれは個人では無く朝町そのものに住む事で何らかの影響を受けていると言う事らしい)
街から来た馬車の御者と医師に事情を話したのも、咲良だった。
実際、太陽は駆け付けた救助の者以外では貴重な唯一の健康体の男手だった訳だし(男性とは言え、どちらかと言うと華奢にすら見える太陽だったが、成人の男性を全く問題ない様子で正確に固定していた)、ダージリンもこの場にいる地龍では最も強力な精霊使役の能力を駆使して、例の『4番はいない』土の精霊達と上手く連携して男性を医師達と恋人の手に引き渡した。
助けが来るまで協力してくれたのが3体の地龍であった事実に、御者も医師達も、男性の恋人も内心複雑な気分はあったらしく僅かに躊躇した様子も見せたが、それでも深く礼の言葉を言い特に女性は、別れ際に咲良の両手を固く握りしめた。
扉が閉まり咲良が馬車から離れた後、御者は馬に一基に鞭を入れて全速力で発進させ、馬車は土煙を立てながら、彼らの住む街の方角へと消え去っていった。
もちろん、残された3匹の地龍に余韻に浸る理由も無ければ安息に休む暇もまだ無い。
「どうやら、事態は収束の方向に向かっているようですね」
太陽は、まるで生徒を前にしてこれから講義を始める教授か何かのような雰囲気で、勿体ぶるように、これから最終的に提案しようとしている考えを述べる。
「事故にあって怪我にあった方が、貴方達の街で全快する頃には、不肖この太陽。
お2人の愛情の証である、その指輪もきっちり修復させてお2人の元に届ける事を約束します!!」 


 
 


「何にせよ、太陽の奴……また、無茶苦茶な発想をして……」
 ちょっと頭痛を感じたのか、額を軽く押さえて咲良は苦い顔を見せる。
「発想は確かに飛躍してるかも知れないけど、でも提案としては……
ね?咲良サン」
 そんな咲良の様子に対して、ちょっと苦笑いしながらもダージリンは語尾で促す。
 意外と筋は通っているでしょ……?とでも言いたげに。
「ああ!」
 救助に来た馬車に乗せられて、街に御者と女性が帰る直前にその提案をし太陽は、壊れた琥珀の指輪を預かって既にボートに乗り込んでいる。
 跳ね橋が破損してしまっている以上、植物園に向かうとしたらボートを使うしか手段は無い。
 少なくとも、人間かそれに準ずる存在と……
 そして、地龍は。
「つまり、太陽が『地龍が後1名必要』と言った理由は、まずはそれなんだな?」
 既にボートに座して、オールを両手に持っている太陽に半分呆れたように、半分は……心底関心した様子で改めて問い詰める。
 空を飛行できる、他種族の龍はこの状況ではさほどには移動には労力を掛けずに空中を飛べる分、近隣の他の部外者に植物園に飛ぶ姿を見られる可能性はある事はあった。
 同じ空を飛べる龍同士に目撃された場合、万が一好戦的な龍に挑まれたら元も子も無い。
 そこで、太陽と咲良の知っている範囲で協力してくれる地龍を呼ぶ必要があったと、そう言う事だったのだ。
「これは、飽くまで私のプロフェッショナルとしての矜持ですからね。
 より、同じこう言う方向にプロフェッショナル精神を持ってそうな範囲で私の知る地龍となると、やはり……」
 杭に手を掛けていたダージリンは、軽く照れた様子で挟んでいる2人には分からないように舌を出す。
「どういうプロフェッショナルだ?全く。
何とか一命をあの人間たちも、取り留めた訳だ。
可哀想だとは思うが、指輪に関しては運が悪かったとしか言えないだろう。
わざわざ、こういう回りくどい真似を何故……」
「だって、咲良さんも同じくらいきになっているんでしょう?」
咲良は、その何気なく口を衝いて出た太陽の言葉に固まってしまっていた。
あの時、咲良があの2人のカップルが指輪を差し出している時に駆け巡った想い……
まさか、太陽はその為にわざわざこういう事を提案したと言うのだろうか……
「け、けどな……琥珀を一度土に戻してその上で、また植物の土壌ごと『再生』させるなんて、滅茶苦茶な……」
あの破損した宝石は琥珀。
元を正せば、化石化した樹脂。
それなら、一度鉱物化した樹脂を養分にさせて再び土を急速に回復させる事で、結果的に材質を再生させる事が可能では無いか?
超回復を持つ、地龍なら最終的には明言されなくとも達した発想ではあった。
そして、あの植物園には無機物をも消化するウツボカズラがある。
一時的に、太陽光の力を弱めてしまえば尚更回復に向かうベクトルは強まろうとする傾向にある。
「それで、私の中ではTHE・助手の事が思い浮かんだんです」
ダージリンは、手をひらひらと振って太陽に合図で返した。
地龍であり、砂を多様な形で扱える精霊の使役能力。
「そこに痺れる!憧れる!!」
ダージリンは、ニッコリと笑ってウィンクをして巻きつけられた杭をボートから外すと、そのまま太陽と一緒に乗り込む。
日差しが昇のも、もうそこまで余裕は無いだろう。
遠く離れるボートを見送りながら、咲良は返ってきた後はどう太陽を叱ってやろうかと考えていた。
叱れるかどうか、今一つ自信の無い自分が僅かにもどかしかったが。
「何にせよ、今回の罰は今度は私をきっちり主役にさせてもらうからな……
太陽」
咲良は上空を見上げた。
太陽は快晴、曇る事も沈む事も無さそうだった。



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