普通なら誰もができない事
それをやってのけるものこそ
その称号を受ける事ができるのであろう


90-勇者


「と、以上が愛しい人を落とすまでの全てです」
周囲の沈黙の中、ただ一人の声だけが響く。
周りをくるっと見渡す。
壇上にはいつも通り少し汚れた白衣を着た124番地所属、太陽さん。
そして周りを見渡せば見慣れた男女の龍数名。
それが凄く真剣な顔をして今までの太陽さんの話をうんうんと頷いている。
取り敢えず一言。
「どうしてこうなった?」
126番地の苦労担当龍、光龍のメーはそう呟いた。



裏路地でその看板を見つけたのはほんっとうに偶然だった。
いや、もしかしたらあの少し先で首を伸ばし、ほぅ、なるほどとか呟いている68番地の不思議光龍なんかの運命とかの仕業かも知れないがまあ、それは置いておいて……
裏路地でひっそりとした立て看板が立っていた。
買い物帰り、ただし、家の用事ではない個人の買い物である。
まあ、とどのつまり自由時間。
最近関係を縮める事ができた彼女は少々彼女個人の買い物とか何やらで席を外し、少々恐いながらも手に入れた一人きりの自由時間。
買い物はまあ、無事終了。
と言っても特に何か目的があったわけではない。
知っているお店を物色し、小物系統のお店を見つけた際に磨智に合うかと思いまあ、なんて事はない小物を買い…いや、これは良いとして……
そんなこんなを過ごした午後。それでも残っている時間を散歩か何かでもして潰すかなぁとのんびり決めようとしたその矢先。
余り見ない少し郊外の裏路地。
そこに書かれた看板の文字がふと眼に飛び込んできたのだ。

『カリスマ恋愛コンサルタントが教える!!あなたに彼女ができたならば 〜第三回:効果的なプレゼントの渡し方〜』

実に怪しい。入ったら何かツボか何か買わされそうな雰囲気である。
うわぁと思った。実際、入るつもりなどこれっぽっちもない。
まあ、確かに彼女ができたからといっても、彼女との関係がはたして他から見てうまくいっているのかと言えば……
いや、行ってると思うけれど……何か無意識に怒らせたり拗ねさせたりはしてしまった気もする。



入るつもりはない。ただ、飛び込み可、金銭に関しては無料の表記。
危なくなったら出れば良いんだ。いや、こう言うのは集団心理がどうのこうのって聞いた事が……
そんな事をうだうだ遠目に見つつ考えているとふと、見知った顔がこそこそと入っていくのを見た。
「?リーヴァさん?」
125番地の看板闇竜。そんな彼女がするりと中に入っていく。
その様子を見て少し考える。
表示されている開始時間まではあと少し。
「まあ、いざとなったらすぐ出ればいいか」
そう呟いて足を向け……




「不用心に足を伸ばした結果がこれだよ(涙)」
どっかのテンプレのように言葉に(涙)をつけつつ彼はそう呟いた。
新興宗教ではなかったし、押しつけ商売でもなかった。
だが、知り合いの数人がこんな訳の分からないセミナーを受け、また開催してるという事実は知りたくなかった。

始まりは普通だった。
開催宣言をした龍が、恋愛とは何なのかと言うのを本や偉大な作家等の言葉を皮肉げに挙げながら考えを述べていく。
ふむと思う部分もあったし、分かっているつもりであった所を完全に言葉にされると言う事で新しい驚きもあった。
ここで、帰っておけば良かったのかも知れない。
そうすれば、その後の気分を味わうことなく、「ああ、今日帰ったら磨智へも少し行動を見せてみるかな?」なんて思ったかも知れない。
そう、ここで、帰れば良かったのだ。
ただ、不思議なもので良いんじゃないかと思うと存在というものは最後まで知りたくなる。
ゆえに、その後のカリスマ恋愛コンサルタントとやらの話を聞こうと彼は残ってしまった。
そして……現れたのがいつもと変わらぬ様子の124番地、太陽さんだったという話なのだ。



冒頭に戻ったのはそれから三十分後だった。
周りからは拍手喝采、頷きまくり、涙を流す人すらいる。
だが、内容は……な内容だったと自分との記憶を照合させながら彼は冷や汗をかく。
要約してしまえば、「世の中ツンデレ多い→押してみるより引いてみろというより押してみろ→つまりガンガン押せ→つまり飛びかかれ→あいきゃんふらーい!」
と言う事である。
見る人に見せれば「これはひどい」と言って貰えるかも知れない。
だが、そこに通じるまでの話し方が素晴らしい。そこには山あり谷あり、そして緊張と感動と、会場がスタンディングオーベーションを起こし、賛美を受けるだけの価値がある話し方と話題展開ではあった。
冷静なのは、経験者だからかなぁという訳の分からない落ち着き方をしつつ、メーはそっとため息を溢す。
もう一つ恐ろしいのは、見た事のあるかもが結構この会場に多いからである。
元68番地だった言125番地の闇竜や、その125番地の看板闇竜。68番地の不思議光龍……まだまだいるが本人の名誉の為に挙げるのは勘弁しておこうと思う程である。
俗に言う、ご想像にお任せするや何やらである。
「では、これから実地での体験の様子、並びに模範的行動をお見せ致します。興味のある皆様は是非とも体験してくださいませ」
そんなナレーションが起こる。
見れば太陽さんはストレッチなどをして準備万端の様子だ。
時計を見る。今から帰れば丁度良い時間。
決して、この後に起こるであろう惨劇やらなにやらからさっさと逃げておきたいと思ったわけでも、もう見なくても結果は予想つくなどの言う事ではない。
そう、あくまでも、時間が無くなっての『やむおえない行動』だ。
立ち上がり、周りの人間の流れと違う方向に出ていく。
止める存在はいない。全員視線はカリスマ恋愛コンサルタントの方向だ。



扉から出ていく瞬間ふと思った。
他人ができないような行動や、アクションをおこす存在……
「ああ、ああいうのを勇者って言うんだろうなぁ」
そうはなりたくないケドと自分自身に言い訳をして、彼は今日買ってきた品は普通に渡す事に決めた。


追記
どこかで、某地龍の叫び声とそれをカウンターで切って落とした音が聞こえたそうな……



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