荒ぶる神は鬼となった
人々に害なす鬼を魔と呼んだ
魔は何時しか邪となった
人々に縁を求め鬼がいた
縁の対価に人を守った
そして鬼は神となった


87-鬼神


今日も今日で戦う
合わせる剣に何か気高い考えがある訳ではない
それはまさに戦う為の戦い
剣で、拳で、そして思考で戦う為に戦う
血で血を洗うようなものでしかない
故に、その身に流れる穢れを洗い流すことも
その身に宿す罪を浄める事もできない
それを理解しながら、彼等はただただ命のやりとりを繰り返す

片方が振う剣は全て必殺。普通では考えられないスピード、方向で振るわれるその大剣に触れれば、切られるでなく壊されるとしたほうが正しいであろう。
その大剣に対するは短剣。
風圧で震え、そして触れれば折れるだろう。
だが、押しているのはその短剣の方だった。
触れる事が無いよう振るわれる剣のタイミングに合わせヒットアンドウェイを繰り返し、関節などの弱点を突き、切り裂き、返り血に笑顔を浮かべるその姿はまさに悪魔。
対する大剣の使い手は血に塗れ、されど哀れさも高貴さもない。
その姿は鬼。吹き出す血を意にも止めず、彷徨と共に放たれる剣が地を砕く。
殺す事を求め、当たらぬ一撃を当てるまでその突進をやめることはない。
死地を求め、勝利で無くとも殺戮を求め、狂いきった戦士の形。

されど、その剣が届く事はない。
そう、この場に置いて相手をするのは魔物。
正気も、狂気も、最悪も、害罰も、その何もかも全ての災厄をかつて身に纏い……
そして、集める事を誓った者達故に……
短剣が腱を切り裂く。
ダメージを無視して突撃していた狂戦士の体躯が地に倒れ……

その瞬間、その短剣は狂戦士の頸動脈を切り裂き、心臓を突き刺していた。


「いやー負けました」
朝町特有の命を賭けたバトル。
でもそれはべつに怨み辛みがあるわけではない。ただただ、一種のスポーツに近い。
「ははははは、やっぱりヒヤヒヤですよ。いくら計算していたとしても…その期待値をぶち破って行動される場合も多いですから」
125番地パンドラボックス、イソレナ。
123番地バーサーカー、パッチー。
今でこそイソレナはパンドラボックスという商売系統の職種ではあるが、かつてはバウンティーハンター系列。
斬り合い、殺し合った事は数知れない。
家も近い(正確には番地数が近い)事、またドラゴンカフェの設立以来彼らはこうして戦い、殺し合う事も多くあった。
「しかし、剣では勝ち目有りませんねぇ、あと鎌かな?」
「槍では僕の方が完全にやられますからねぇ。まだまだ計算が足りませんし……」
のほほんと話し合いながらふとイソレナは考える。
このドラゴンカフェのメンバーは何かしら話せない事情を持つ人間が多い。
エルフなのに人間の振りをしていた亜理紗、そして自分含めである。

その中で……唯一そう言った感覚がなさそうなのがこのパッチーである。
かつてはどこかの傭兵ではなかったのか等色々な噂は流れているものの、パッチーというこの人にだけはそう言った黒い影やかつての姿が映る事は少ない。
ふむと唐突に押し黙ったイソレナを見てパッチーは首をかしげる。
まあ、イソレナはカフェでも唐突に黙り込む事もあり何かまた考え込んでるんだろうなと自分自身に納得させ……

「もしかしてパッチーさんは神様の系列か何かなんですかね?」
ぶーっと飲みかけたコーラを吹き出しつつパッチーはイソレナの方を見る。
顔は完全にシリアス。本気で問いかけている表情だ。
だからこそたちが悪い……。
「えっと……何でそう思ったんですか?」
「いや、戦っている時のパッチーさんて、ほら伝説である鬼とかそう言う類に近いような印象を受けるので……」
鬼、東洋の化け物か。それが何で神様へ?と疑問を浮かべたパッチーの表情にイソレナが言葉を続ける。
「東洋では鬼って言うと何か化け物とか魔物って言うイメージもありますけどもう一つの側面として人を守る神としても役目を持つんですよ」
「ほぅ?化け物なのに神様って?」
「恐い表情をしていると病が逃げていくとか、災厄も裸足で逃げてる見たいなイメージがあったっぽいですねぇ。邪魅っていう妖怪がいるんですけどそれへの対処法も鬼のような顔をした厳めしい仏様?だったかなぁ?まあそんな風にです」
と、そこまで言ってイソレナは頭を掻く。明らかに、言い過ぎたかなという顔である。
「まあ、私にとってもパッチーさんの本気は鬼……それも鬼神の様な恐怖を与えられるという事ですよ。何というか、裸足で逃げたくなるような」
「ははは、パンドラボックスは災厄でしたっけ?」
かつてはその身に『この世全ての災厄』を宿し、解き放たれた後にもただ一つ『未来を見通す魔物』を宿す者達。
そんなパンドラボックスの一人に裸足で逃げ出したいと言わせるとはと苦笑しつつパッチーは笑う。

「今でもそう言った感覚はありますか?」
そういって笑うパッチーの顔を見る。
そこにあるのはただの人の顔。
鬼でも、ましてや神の顔でもない。
「うーん、確かにそう言った感覚はないですねぇ」
「でしょ?まあ、そう思う時もあるぐらいでいいんじゃないですか?私だってイソレナさんがそんな魔物を持ってるなんて思えませんよ」
まあ、戦ってる時は別ですがと苦笑しつつパッチーは笑った。
イソレナもつられて笑い、槍を持つ。
「では、そろそろHPも溜まりましたし、また魔物らしく恐れられるぐらいの実力をお見せ致しましょう」
「ははは、ではそんな魔物すら追い返す鬼神のような実力でお返ししなきゃいけませんね」
そう言って、パッチーも愛用の剣を手に持った。


再び夜に響く剣激の音
人々を鼓舞する鬼神の闊歩
人々を恐怖させる魔物の御手
人を救うものを光とし
人を滅ぼすものを闇とす
その音と真実を知るものは
ただ
その頭上で鬼神と魔物を表すような
真半分の月だけなのだろう



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