71-決闘


構える獲物は正眼に…
対峙するは魔物と狂戦士。
見届けるは教皇。
対峙する二人は今か今かとその宣言を待つ。

「構え」

そして、その最初宣言と共に二人は自らの武器を構える。
魔物はその右手に持ったランスを順手に…
狂戦士は身の丈ほどもある鈍器にすら近い剣を肩に…
睨み付ける眼光はただ相手の元に。
踏み出した足は大地をしっかり踏みしめる。

「死力を尽くし、与えられる勝利にこそ栄光を…」

そう目を閉じて紡ぎ…教皇は両者を見届ける。
馴染み深く…それでいて見たこともないその姿…

「決闘、開始!!」

その二人が宣言と共に弾ける。


「グオオオォ!!」
狂戦士は上段よりの斬撃。
いや、それは既にただの力。
振るわれ、触れる何もかもを壊し尽くす絶対の力。
対する魔物はリーチのある槍。
だが、生半可な攻撃はその相手に通用しない事を知っている。
故に…一撃目を回避する。

正面きって切り合えば勝ち目はない。
故に…

右の踏み込み…そこに全体重を乗せる。

狂戦士の剣は右下より掬い上げるように…振るわれることなく空中で止まる。
その腕に絡みつく幾つもの糸。
それは魔物の、槍を持たぬ方の手に結わえつけられている。
人形使いのスキル。
人の如く擬態した彼らに種族特性はない。だがその代わりに許された、職業特性。
そして、全力で踏み込んだ一撃が狂戦士に襲い掛かる。
愚直なまでに不器用な渾身の突き。
だが…


ギュイイインッ


鍛えられた肉体。それを覆う鎧を貫くことが出来ずに魔物の槍は表面を横滑る。
バランスを整えられず魔物は狂戦士と接触し…


ズンッ!!


「がはっ」
密着より叩き込まれたタックルが魔物の体内に衝撃を与え、肺から空気を奪う。
そして、心臓の鼓動を一瞬盗んだ。
そう、リズムを崩す…それはスピードとテクニック、戦略を重要とする魔物に取っては致命打。


ズウンッ!!


タックルそのままの踏み込み音。
一度は糸に邪魔された狂戦士の左…魔物からすれば右よりその一撃が蓄えられているのが分かる。



圧倒的な…暴力。



「ゴオオオォォオ!!」
魔物は動かぬ体を…必死に地面に投げ出した。
その頭上を…
背後の壁をぶち壊しつつ暴力が通り過ぎる。

だが、魔物のその策は愚策。
その行為はつまり狂戦士の足下に体を投げ出すこと。
そこ…狂戦士という存在のキルゾーンに…
案の定、狂戦士は後ろ足を振り上げ…
真芯を捉える一撃は威力の高さを思い知らせる風のみを魔物に知らしめるだけであった。
前に倒れたその体はまるで何かの導きのように再び後ろに戻る。


死力を尽くす


人形使いであるならば己という人型すらその左手で操る。
無論、何十もの人形達を指先まで操る程の技能は魔物にはない。
だが、ただ一つの五部位を操る事ぐらいならば彼にすら出来る。
それを…左の指先全てに作業を任せる。
無論、そんなこと数秒保たず自壊する事は承知の上。

その無茶は…ただ一時…この一瞬、この一撃を作り出す為!!

糸を解き締め、肉体と武器ををただ一つに合わせる。
武器の怪しき煌めき。
武器に付けられた貫通のスキルが発動したその煌めきは…
虎視眈々と隙を狙い待っていた蛇の眼光。
回転を加えその場から出来る全力を込める。
筋肉を糸で補給し、回転の遠心力を使い…


その全てを持って踏み込み穿つ渾身の一!


「はぁぁああ!!」
その槍が狙うは左胸。
そこに…躊躇はない。


それは魔物の渾身


追い詰められた窮鼠が猫に飛びかかり…



その巨大な鬣を誇る猫は鼠をいたぶる事なく踏み潰す



ミシッ


音は…その槍より聞こえた。
振り上げた左足。それを狂戦士は突き出される槍の上側面に叩き下ろす。
理論ならば、確かに可能かもしれない。
だが、現実…通常ならば不可能…
横方向だが、渾身の勢いというベクトルと速さを…
ねじ曲げる上からの暴力。
だが、相手は狂戦士。


理性の代わりに本能を…
信念の代わりに狂気を…
誇りの代わりに強さを…
そして理の代わりに力を手に入れたもの達。


それは…
保身なき突撃。
それは…
迷いなき暴力。
それ故の…
絶対的突破法。


ザガンッ!!


槍が大地にめり込む。体を糸で一つにした魔物は梃子の原理で空に浮く。
そう、狂戦士の真ん前で…最も無防備な隙が出来上がってしまった。
左の踏み込み、それは即ち右の斬撃。
糸での回避はできない。一撃の為に糸は使い果たした。

回避はできない。

その状況下の死力など限られている。
そう、精々が向かいくる暴力を防御するのみ。
魔物は糸で己の左側を、そして盾を固める。
ほんの一瞬の判断。それはまず間違いなく最短にできた最高の対応。
だが、その努力をあざ笑う如く…


ミシッ…


その暴力は到達する


音が聞こえる


通常叩き込まれた威力は足が浮いているが為に威力方向に飛び、威力は抜ける。
そう、ダメージはある程度で収まる。
だが、今回はその理屈が通用しない。
それは到達と同時に盾を粉砕し、とっさに差し入れた左腕上部下部から、左肋骨。左肩、胸骨、背骨から尾骨、そして内臓に至るまでを一撃で破壊する。
気を失わなかったのは……


…その一撃でショック死しないため寸前で頸椎の感覚を…神経を抜き取った為。


人体に精通した人形使いだからこその荒技。
故に、痛みも感覚もない。
だが、その音が…己の身のダメージと威力を教えてくる。


それが、再起不能の致命打ということも…


それだけの致命打を与えて…
ようやく自然界のベクトルを思い出したように魔物は宙を飛ぶ。
そのまま壁に叩きつけられ傷つけられた肉体が構造的に血を吐き出す。

「そこまで!」

そこで、聖者が戦闘の終わりを告げた。


「うーごーけーなーいー」
「そりゃ上半身バッキボキにされりゃ無理でしょ。流石にイソレナさんでも…」
「いやー、うまく決まりましたからねぇ〜」
動けない言いつつ何とか生きてる右手で治療を始めようとするイソレナに向けられた言葉は実に普通。
さっきまで命を懸けた戦いをしていたとは思えない程のノンビリっぷり。
まあ例え命を落とした後でも似たような会話が繰り広げられるだろう。

そう、これが朝町ならではの光景。

「取り敢えず、まあ死ななかったため経験値もウハウハですね〜」
「いや、本当にお付き合いありがとうございます」
イソレナが人形使いに転職したのはつい最近。
パンドラという属性を以前の亜理紗のように隠蔽し現在は目下トレーニング中。
ついでに不慣れな槍の練習も兼ねての決闘で…
「うーん、しかし流石に力の差がありましたねぇ」
「慣れた武器を持つバーサーカーの強さですねぇ」
バーサーカーのスキル狙えばは判定を上げられる両手持ち。
剣同士ならイソレナの勝率の方が高い。だが、あくまでも万全ならばの話。
競り合いになった時にはその1、2の判定が命取りになる。


まあ、今回は完全なイソレナの敗北。
扱い慣れていない武器ではコテンパンと言うだけの事実。
「しかし…異変が起こってから戦闘なんてほんっとにやってませんからねぇ…」
「まあ…そうですねぇ。久々に体動かせて満足ですよ」
パッチーさんの言葉にイソレナと乾も頷く。

好き好み戦闘をしないカフェの面子。
ゆえの男三人の決闘対決…

武器で、技で、そして力で戦い、殺し合う。
殺伐としてるように感じるがこれも一瞬コミュニケーション。
朝町でしか出来ない命というチップを懸けた一種のギャンブル。
互いに互いの成長を確かめる。

言葉の代わりに斬撃を…
スリルとギリギリの駆け引きを…
そこに…蘇られる命の価値を見いだす。
そうやって、今を生き続ける。


生きる為に決闘がいる。
決闘に次の意味を見出す。


それが…一つの在り方。
「それじゃ…次はイソレナさんが判定ですね」
「ははは、すみません。お願いします」
「ええ、任されましたとも」
糸で怪我を塞ぎ、バキバキの骨に芯を入れイソレナは答える。
立ち上がり二人の姿を見る。
馴染み深く、それでいて遠い二人の姿を確かめ…


「…構え」


……戦いの夜はまだ明けない……



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