波紋…
次々上がる気泡から波紋がただ広がっていく様子をじっと眺め続ける。
神秘的という情景。
いや、何が神秘でというのは分からない。
ただただ目の前に広がる蒼の光景は普通では感じられない光景。
そう感じるからこその感情なのかも知れない。
こぽっと、また気泡が上がる。
つんっと波紋が表面に広がる。
そして……
とんっと水の底を蹴る。
近づく水面。
銀と青の境界を……
「ぷはっ」
越えたその先に広がる青空。
真っ青で雲一つ無いその光景に。
ああ、空に墜ちていきそうだと心が囁いた。
58-湖
「大丈夫ですか!?」
ばっっしゃーんっと言う大きな音と共に巨大な波紋が突きだした顔を襲う。
油断していたためにもろにその波を受けごほごほっと咳をする。
と、袖を銜えられ水中だというのに物凄い力で陸に引き摺られていく。
水の流れに逆らわず水中を見ればそこにいるのは小さな水龍。
どこかなじみ深く、それで居て違うその姿。
ああ……なるほどな。
見覚えが、あるはずだ……。
「大丈夫ですか?」
陸に放り揚げられ人型を取った彼女にそっと大丈夫だと手で合図を出しつつ息を整える。
長い間水中にいたせいでやはり酸素は少し足りなかったようだ。頭が回りきらない。
そして、喋れるぐらいまで息を整えて……
「ありがとう、アニスちゃん」
「いえいえ、驚きましたよイソレナさん。大丈夫ですか?」
家にいるアシャンの双子の……どちらに当たるかは分からないが取り敢えず姉か妹かのアシャン。
現在は真夜さんのお宅で元気に育っているようだ。
いや、別にやらしい意味とかではなく子供が育つ様子は微笑ましいって言うだけの話だ。ロリコンの趣味はない。
「ははは、ちょっと観察のつもりが長くなってしまってね。ありがとう」
「観察、ですか?どちらにしろ凄く危険そうな状態でしたよ?明らかに溺れているようにしか見えませんでしたし……」
それを感じて飛び込んできてくれたんだろう。服やらなにやらびしょびしょでホットしている彼女の様子を見て罪悪感が生まれる。
「いざとなれば箱移動で何とかなったかも知れないけど……でる場所がびしょびしょになる弊害があったなぁ。本当にありがとう」
「いえ、大したことはないですよ。でも、アシャンちゃんを何で連れてなかったんですか?と言うか他の人…龍は?」
「今日はみんな用事で、ただ今日逃すと次が何時に出来るか分からないから僕一人なんだ」
とそこで、いつもアシャンに感謝の気持ちを表すように頭を撫でる。
少しビクッとしたがアニスちゃんもそっとそれを受けていた。
「それで、観察って何をされていたんですか?」
流石に水龍といえど濡れれば寒いと思いたき火を作っている最中にアニスちゃんの方からそう問われる。
濡れて重くなった服を絞って干しつつ僕はんーっと一瞬悩み……
「世界を観察していたって言って通じる?」
「……そっか、錬金術士さんですもんね。ええ、電波とかそう言うのじゃないですよね」
まあ、そう取られるかなぁとは思っていたので苦笑で返す。
「でも……何であの死の湖で?」
そこは町の南に点在する湖。
あの彷徨う湖のように生き物に活力を与える湖でなく、存在しながらもどんな生き物も住み着かない死の湖。
「まあ、普通でないからこそ観察する。調べて解明する意味があるって事なんだ。何よりも、湖というのは大きな意味を持つしね」
と、そこで一つ思いつき僕は頼み事を一つだけアニスちゃんに頼んだ。
「何も無かったですよ。残念ながら?」
再び水に潜って貰い、その間にココアを入れた僕に返ってきたのはそう言う返事だった。
「いや、ありがとう。ごめんねわざわざ」
揚がってくるアニスちゃんにそっとココアを出しつつ僕は感謝を表す。
「で、何だったんですか?湖の底にって何か無いか見てくれって?」
ココアを受け取りながら首をかしげて疑問を浮かべる彼女にわざわざ水の底に潜ってくれないかと頼んだ訳を話す。
「ソロモンの小瓶って知ってます?」
「どこかで聞いたことがあるかも知れませんけど……ごめんなさい、分からないです」
「ソロモンの小瓶って言うのはソロモン王という大量の悪魔を従えた王がその悪魔を封じた小瓶を湖に沈めるって言う話なんです」
「イソレナさんは……死の湖にそれが?」
「普通の環境でも例えば異なった変化を与えている湖。或いは生命そのものが……と考えたりもしたんだけどね。まあ、出てこないとは思うけど…」
そう答えてそっと空を見上げる。吸い込まれそうな青い空だったそこはそろそろ赤みを帯びようとしていた。
そっと立ち上がる。服は乾き、時間も時間。
「さて、真夜さんの所まで送っていこうか……因みにこんな僻地までアニスちゃんは何を?」
「えっと……お使いに来て………あ゛……」
瞬間、さぁっと青ざめるアニスちゃん。
「……えっと、真夜さんに伝えて上げるよ。迷惑掛けたのは僕だし」
「あうぅ……」
涙目のアニスちゃんを撫でつつ、こんな所はアシャンにもにて居るなぁと思ったのはナイショだ。
泳ぐ姿を見たのはアシャンではない。
泳ぐ姿を見たのは彼女たちの母。
のんびりゆったりと悠然と泳ぐ彼女達の母。
空を飛ぶ時も、水を泳ぐ時も変わらなかったその姿。
水の底から瓶を持ち出しソロモン王の話をしてやった記憶。
初期では心配してさまよい歩いていた時に死の湖を捜せばいいのではと話をした事。
焚き火を前にのんびりゆったりと話をした記憶。
そっと……今度はアシャンもつれてきてやりたいとそう感じた。
水と空の境界の果て。
のんびりとしていた彼女の姿はない。
水も空もゆったりのんびり飛び墜ちていた彼女は……
きっと今も二人の子供の中にそれを残している。
そんな夢物語みたいな事を……そんなことを黄昏の空を見ながら考えた。