耳元を通り過ぎる風音。
地上よりかは少し近い蒼い空。
だが、目的地は空ではない。
そこは番地的には二つ先。
距離的にはかなり離れた場所だった。
伝えられた場所には一軒の家。
「あそこですか?マスター?」
「ああ、ありがとうシンギ、帰りは自分で帰るから」
「召還石通じて連絡があれば迎えにいきますよ?」
「何時なるか分からんしいいさ。遅けりゃ夕飯食べて先寝といてくれ」
「…分かりました。ではマスターの分の夕飯はアプエゲに食わしときます」
「あ、あ…了解」
そんな会話の後…
「で、本当にあの家でいいんですか、マスター?…煙出て火事っぽいですが…」
「…言うなシンギ…必死に帰りたい気持ちを抑え、気のせいだと信じてるんだから」
結構前途多難だった。
『私』
「どうもー」
「あっ、こんばんはイソレナさん。わざわざありがとうございます」
扉を開ければそこに家主の姿。
狂戦士とは思えない朗らかな笑顔。123番地のパッチーさんだ。
「いやいや、遅れてすみません…風龍がごねまして…」
「ああ…シンギ君でしたっけ?何でまた?」
「…煙が……」
「ああ、あはははは〜いやはや、太陽がさんまを焼いてくれましてね」
話題の太陽君の姿は見えない。
「で、噂の太陽君は?」
「ついさっき、羽堂さんの所からお電話があって飛び出していきました」
内容は推して知るべき。ひとまず進められた席に着き……さて、
「今日は何用で?」
123番地は番地数的には近い。近いからこそ、余り来ないと言える。
まあ、家は郊外にあるので余り向かわないと言われれば向かってはいないのだが……
今の僕は戦闘系。互いに戦闘系等が二人で、やる事と言えば……
「ああ、今日は手合わせ無しで……」
「えっ、あっ、はい」
パタパタと手を振るパッチーさん。肩すかしを食らったような感じだ。
と、がちゃっと扉が開いた。
「マスター、言っていたもの手に入れてきたぞ」
扉の向こうには少し年上のお兄さんという格好の存在。
そう、人間といいたい所だが……この家の大黒柱龍(おそらく)であるダニ君だ。
手には一升瓶。ロゴに『古龍殺し・改』と言う名前……
パッチーさんの方を見ればにかっと笑って説明を入れてくれた。
「ほら、男同士での見合う事って無かったでしょ?どうです?太陽の噂では幻っぽい一品として有名で、どの酒屋にでも売っている酒という事です」
「どこにでも売ってるなら幻の一品じゃないですよね多分。まあ、だから幻っぽいっていうのがつくのか……」
こうにかっと笑われては拒否するのも何である。
何より、そんな楽しそうな事見逃せるはずがない。
こうして、珍しい男性のみの飲み交わしが始まったのだった。
サンマを肴に……いや、サンマはちゃんと魚ではあるのだが…
一升瓶を一本カラにし、二本目がカラになった時点でそろそろヤバイと感じた僕は123番地を後にした。
ダニ君をお伴にして……
「いや、本当にすみませんね。わざわざ送ってもらってしまって……」
「いや、丁度日用品が切れてきたんで送るついでに買ってこようと思ったので丁度良かったんです」
そう言うダニ君にハハハハハと笑いを返して一息。
楽しかった。
実に楽しく、面白く、そして……どこか懐かしく……
それが、恐かった。
その感情が、その言葉を紡ぐ事になってしまったのだろう。
無いと分かっているのに、無いと思っているのに……
「…パッチーさんは北の方に行かれた事がありますかね?」
聞いた瞬間馬鹿だと感じた。
わざわざ自分の過去を晒す原因を作る事はない。例え、北の方に行った事があったとしてもあの国に入れる事なんてほとんど無いのだから。
酔っている、思考が巧く回っていない。そう、感じてしまう程の愚かな一言。
それでも、その懐かしいというのが…一番恐い。
それはつまり『私』という存在を知られているという事だから……
「んー、私の聞く限り来たと縁があったというのは聞いた事はないですが……」
ダニ君の言葉にひとまず安心。僕はまた一つ息を吐き出し……
「イソレナさん、何をそんなに怯えているのか私には分かりかねますが…きっとマスターはイソレナさんの隠している事を知っても態度は変えないと思いますよ」
真剣な目に見られ、言葉がつまる。それでも、何か言わなければいけないと思い口を開く。
「……ダニ君」
「はい」
「楽しかったです。実に楽しい一時でした。それが……どこか懐かしくて、その懐かしさが恐くて……」
ああ、どうやら今日の僕は本当に頭が動いてないみたいだ。
だが、このまま続ければ酔っぱらいの戯れ言としてダニ君も片付けてくれるかも知れない。
「……どこかで、こんな風に飲んだ事があったんじゃないかなぁって……」
「楽しくて懐かしいという事は」
ダニ君の言葉に僕は意味のない言葉を続けずに黙る。
「昔に似たような事が出来たという事で、マスターがその人々と同じぐらいの存在だって事ですか?」
「……」
そっと考える。かつて共に歩んだの仲間達。
自分達の理想を語り、理想の為に必死で戦い続け……
あの日々が大切で、楽しくて……
「ああ……そうですね。とても、大切で、楽しい……」
頭だけでなく話す言葉も分からなくなってきた。
ただ、そのニュアンスか雰囲気かで感じてくれたのかダニ君は一つ頷くとそのまま僕の前に立ってゆっくりと歩き出してくれた。
立ち止まることなくそっと歩きつつ空を見上げる。
遠い北の空にもこれと同じ星が輝いているのだろうか?
嘗て共に歩んだ仲間達も…この空の果てにいるのだろうか?
分からない。分からないがそれでも……僕は『私』という存在と共に生きていく。
新しい、大切な友と、仲間達と一緒に……
「ダニ君。帰ったらパッチーさんに伝えてくれます?」
「何をです?」
「今度は、乾さんやよっしーさんも誘ったりしつつ、男仲間でのんびりまた飲みましょうって……あっ、無論ダニ君や他の龍達も一緒で」
「…分かりましたよ。伝えておきます」
遠い満天の星空
それはまるで
大樽から流れ出た酒の滴のように
空一面を輝きに染めていた