どうしてこうなった。

「良いじゃん、似合ってるんですから。とっても綺麗ですよ?」
「……嬉しくない」
「もうちょっとハイトーンで」
「嫌だ……」
「なりきり度が足りないです。そこは、やだっ、でしょう」
「…………」

 繰り返す。
 どうしてこうなった。


9.ちょっと……目をつむって欲しいナ…。 −秘密抱えた二人の話−


「『ヘブンズレイ』にお使いにっていただけないでしょうか?」
「……『ヘブンズレイ』って……あの?」
「えぇ、あの」

 ……俺は彼女が好きだ。別に女としてとかそういうんじゃなく、単純に、好ましいと思っていた。結構気も合ってた……いや、現在もだけど。
 結構負けず嫌いだったり意地っ張りだったりするから、弱い所を敢えて突いてみるととても面白いからなぁ……。……ここは、可愛い、と表現した方が良いのだろうか……?
 だが……だけど今一瞬だけお前なんか嫌いだーと言いそうになった。
 言わなかったのは言質を取ったと言わんばかりに彼女が二度と私に付きまとうなと言いかねないからで。いや、多分言わないとは思うけど……

「180cm超えた男にああいう店に行けは無いだろ……」
「大丈夫ですよ、貴方確か服に合わせて体縮められましたよね?」

 そういえば昔そんな芸当をしてやったような記憶も無くも無い。

「けどなぁ、今は結界とかの所為で色々と不安定になってるから維持できるかどうか……」
「そう言うと思って一時的な若返り薬を用意しました。効果は3時間で解けるそうです。解毒剤も一応ありますよ」
「出所はどこだ」
「守秘義務がありまして」

 少々問題がある場合は出所を言わないのは普通だ。だから別に黙られても理屈は分かるのだが……

「っていうかお前が自分で行けば良いだろうが」
「私が行ったら明らかに偵察だってバレるでしょうが」
「バレねぇよ、誰も気にしないって」
「あとあの空間ちょっと入り辛いですし」
「……お前、そんな所に俺を放り込む気か……」
「いや、そんな所だからこそ、ですよ」

 ああそうだ、こいつはかなり嗜虐心の強い子だった。にんまりと微笑む彼女に俺はがっくりと肩を落とした。命令されて身体が勝手に動く状態になるくらいなら今の内に言う事を聞いておいた方が色々とマシだ。

「わかりました、やります」
「やったぁーありがとうございます」

 ……まぁ、楽しそうに笑ってくれるから、良い……か、なぁ……?
 薬を半ば強引で飲まされ、差し出された服を持って部屋に入ってそれを広げて、俺は思わず呻いた。

「……これ、は……」



 色々と悟りかけながら服を着て部屋を出ると、部屋の前で待っていたらしい朱音の瞳が輝いた。

「わああっ、凄い! 可愛い! 似合ってますよポコスー」
「嬉しくねええええ! 何が悲しくていい年した野郎がこんな格好しなきゃいけないんだ」「大丈夫、今の貴方はただの凛々しい美少女にしか見えませんって」
「…………」

 思い切り睨みつけてやるが朱音は全く動じていない。むしろその笑みはますます愉快そうなものになった。どうやら逆効果だったらしい。

「後は髪型ですかね。下ろしたままだと貴方だとバレてしまいそうですし」
「……その方が面白い、とかは言わないんだな?」
「まぁ別に見せびらかしたい訳でもないですし。でも、ちゃんと顔をまじまじ見たら貴方だって分かりますよ?」

 ……。ちょっとは独占したいと思ってると都合良く解釈しても良い台詞なのだろうか、これは。
 かくて俺は何故かツインテールにされた状態で送りだされたのである。
 「一番貴方がしたら意外性のありそうな髪型を選んでみました」とのこと。彼女のツボは、たまに、良く解らない……



「ここ、か……」

 朱音に渡された地図に従って道を足早に進むと、言われた通りの何とも少女趣味全開の店に辿り着いた。
 ……こういう衣装を渡された理由が何となく分かった気がする。入り辛い事には変わりないが、普通の格好よりは逆にこういうレースの塊のような服装の方が比較的入りやすいような気がする。
 中に入ると、ひたすら女の子がひしめき合って、とまではいかないが、かなり繁盛していた。
 目的の品を見つけてレジへ至る長い列に並ぶ。その長い列の中に、知った気配があるのを感じて前の方を覗いてみた。
 日に焼けた肌のすらっとした焦げ茶の髪の子がいた。ダージリンに似ているような気がする。ああいう普段男っぽくふるまってる女の方が余程女らしい趣味だったりするのはよくある話なので、別に本当に彼女だとしても驚きはしない。
 だが、仮に彼女本人だったとしても話しかけはしないつもりだった。別に彼女じゃなく、かりに咲良とエゲリアとかが紛れ込んでいても話しかけはしないつもりだった。
 俺だとバレたら最後だからだ、色々な意味で。

 ようやくレジに辿り着いて会計を済ませると、店員から商品と共に大きな箱を渡された。何だこれ。そういえば前に並んでいた人達も全員これをもらっていたような気がする。
 何となく店内で開けるのは気が引けたので、店を出てしばらく歩いた先にある広場の、特に人影の少ないベンチを選んでそこで箱を開ける。
 中には輝く長い金髪の人形があった。気だるげに開かれた瞳はオニキスの様な漆黒で、衣装は喪服の様にレースまで真っ黒だった。まるで死神だ。いや、女だから死女神と言った方が良いのかもしれないが。
 かなり出来は良かった。作りも丁寧だしデザイン性もなかなか、本物の職人顔負けと言う感じで……お菓子屋さんだよな、あそこ。

「……これ、は……」
「なああああああああっ!!」

 思わず声を漏らしてしまったが、斜め後方からの絶叫に見事にかき消えた。

「なっ!?」
「はっ……!」

 そこにいたのは茶色の短髪の肌の焼けた少女、ダージリンだ。いつの間に茂みに隠れていたんだ。驚いて飛びのいた拍子に、ベンチの釘にスカートの端が引っ掛かったらしく、びりびりとレースが破れてしまった。

「うわぁ」
「ええっ!? ご、ごめ……え? アレ? キミもしかして、おと――」

 声の低さで気が付いてしまったらしい。皆まで言う前に俺は駆け寄って彼女の口を手でふさぐ。俺の正体まではバレていないらしいがとりあえず性別はバレてしまったので遠慮なく声を低めて脅させてもらおう。

「それ以上言うな、ダージリン」
「!?」
「ちょっと意外だなぁ、いつもクールにボーイッシュでいる貴女が、こういうの好きだったなんて……」

 別に意外ではなかったが敢えてこう言った方が効くだろうと思ったのでこう言った。正直ちょっと反省はしているが後悔はしていない。
 彼女は少し笑顔を引きつって、あくまで明るくおどけた口調で答える。

「や、ヤダなぁ……ボクは別にそんなコト……」
「どうしよっかなぁ……驚かせてくれたお礼に言いふらしちゃおっかなぁ……」
「は、はは……ちょっと……目をつむって欲しいナ……なんちゃって……いやちゃんと弁償するよ!?」
「ははは……」
「ハハ……」

 二人して乾いた笑い声を上げる。二人の周りの気温はどんどん低くなっていく。下げているのは俺だが。
 俺は今まで微笑みの形で閉ざしていた目をすっと開いて告げた。

「却下」






 と、いつもの俺なら言ってただろうが……

「あれかな?」
「え?」
「そこの人形が欲しいんでしょう?」
「……え、い、いやいやいやそんなコトないさ!」

 慌てて両手を振って否定している姿が少々面白い。普段はもうちょっとおどけた感じで振る舞っている彼女がこうもあからさまだという事は、恐らく図星なのだろう。色々人形にも種類があるらしい(店内の広告にそう書いてあった)から、きっと俺が手に入れた人形は彼女の持っていない型だったのだろう。
 そこまで推測して、敢えて捻くれた質問をした。

「へー……欲しくないんだ?」
「え」
「実は俺、お菓子は好きだけど人形は興味無いんだ。だからこれもどこかに売るか捨てるか――」
「なっ、なんてバチ当たりな!!」
「ん? 欲しくないんなら俺がそれをどうしようと関係ないんじゃ?」
「ッ……」

 嗚呼、本当に困ってるようで……あまりこうやって彼女をからかう機会も無いからもう少し色々言葉の応酬をしてみたいと思ったが、生憎今の俺には時間が無かった。流石に元の姿に戻った時にこの衣装は色々と痛い。というか多分服は破けるだろうから通報されかねない。
 別に服に関しては怒ってもいなかった。彼女に直せと言われたって自分で直せるし。

「それじゃ。もう会う事はないと思うけど」
「えっ」
「こう見えて俺は忙しいんだ。目的のお菓子は手に入ったから、人形はここに置いて行く。誰かがそれを拾って持って行ったとしても、俺の知った事じゃないさ」
「え、え、でもドレス」
「気にしてないから。じゃあね」

 そして俺は踵を返して早足で広場を去った。
 俺の言葉の真意を彼女が受け取れるかは分からないし、そこは別にどうなっても俺の知った事じゃない。
 家に帰って朱音に「人形は?」と聞かれた時はちょっとどうしようかと思ったけど、正直に人にあげたと言ったらそれで納得してくれた。
 別に人形は欲しくないらしい。ちょっと意外だったので理由を聞いてみると、肩を竦めて答えられた。

「何かがとりついて夜中に歩きだしたら怖いじゃないですか」

 ……何か変なのと同居してる君がそれを言うとあまり洒落にならないよ、朱音。



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