「んー」
 ある日、126番地にて。
 家主の少女は、小さく唸ってた。
「何悩んでんの?」
 うんうんとうるさい背中に、少年がひょいと問いかける。
 振り向いた少女は、はぁと息をつき、言った。
「ネタがないんだよ」

8.えっ、だから、Mなんでしょ?

「ネタっつーと……」
 メ―は繰り返し、嫌な顔をする。
 かなたがネタ、というなら。例の掲示板で掲載するコラムに関するネタだろう。
 季節ごとに、あくまで小さく書かれたコラム。
 そのネタは主に126番地の日々のこと。…というより、自分のことである彼としては、あまり嬉しくない言葉だ。
 ネタとか探さないで止めてほしい。喧嘩やら財布やら内部事情が分かるようなことは書いていないが、十分に恥ずかしい。
 だが、『町で言いたいことがあったら代理で書きますー』とか言ってる広告屋を看板に掲げる彼女としては、そのコラムも仕事、なの、だろう。仕事なのだ。ならしかたないのだ。
 全力で割り切り、遠い眼差しをするメー。
 物憂げというより悲しげな彼の様子に気付かず、かなたは小さく息をついた。
「…よその人でもピックアップするかなぁ」
「え?…いいんじゃね?」
 メーは一瞬言い淀んで、すぐに笑う。
 俺のことじゃないならなんでもいい。
 ささやかな希望で顔を輝かせる彼に、彼女は再びふうと息をついた。
「いいかな」
「…ああ!」
 罪悪感からか一瞬言い淀みながらも、ぶんぶん首をふるメ―。
 やけに必死なその様に微かに首を傾げてから、かなたは宙を見つめる。
「んじゃ、誰にしよっかなぁ……」
 ぼそり、と呟き、何もない空間を思案を巡らせるように見つめ、そうして吐き出した言葉は、 「…太陽さんとか」
「なんで?」
 メーは思わず尋ねた。
 俺じゃないならどうでもいい。
 心の奥底から思ってはいるが、選ぶ基準は気にならないわけでもない。
 彼としては、てっきり知り合いのマスターのところでも当たるのだと思っていたからなおさらだ。
「目立つイケメンだし。ネタになりそうだし。なにより、白衣に眼鏡だし!」
「なにより!?」
 拳を握り言い切るかなたに、驚きの声をあげるメ―。
 主人の性癖というか美意識というか、ともかく良くわからないこだわりのことを、彼は理解できない。
 理解できないだけなら、いいのだけれど。
「んじゃ、いこうか、メー君」
 がしっと襟首掴まれて、それに巻き込まれることが決定した彼は、嫌そうに呻く。
「ちょっ…」
 なんで俺まで!
 叫ぶ光龍はずるりずるりと引きずられていった。

 そんな感じで、126番地を後にして。
 今いるのは、123番地。
 123番地ということになっている郊外に立つ家の―――塀の傍。
 塀のそばで、草むらっぽいものをかぶって。とってもばればれなカモフラージュをして。
 そっと佇む主は、そうとても変質者。
 悲しい眼差しでそんなことを思いつつ、メーは長く、ながーく息をつく。
「…なんでお前こんな変態みたいなマネ…」
「…大丈夫だよ。朝町だから」
「……ああ、そう」
 気のない相槌の他にも、言いたい言葉は山とあった。
 それでも、彼は頷いた。
 もうつっこむのが面倒だし、かつてここの家にいた闇竜も、かつてある武具屋の傍でこんな恰好をしていたことがある気がするし。
 だから、まぁ。大丈夫なのだろう。
 表情を暗くする彼の隣で、彼女はわくわくと言った面持ちでひょいと塀の向こうを覗いた。
 覗いた、その瞬間。
 ドカン、と音が響いた。
「兄さん、私素晴らしい発明をあちゃちゃちゃ、ほあちゃぁぁぁあ!!」
 まるで壁がぶち破られるかのような音の後、奥から聞こえたなにか熱いものをぶっかけられたような叫びが響く。ついでに、なにやら厳しい声を上げる水龍の声とかも聞こえた。
 塀の向こうの主従はそっと顔を見合わせる。
「…しめられてるんだろうねえ」
「…まぁ、そうかもな」
「じゃあ終わって出てくるまで待とうか」
「じゃあの意味がわかんねえよ!」
 力の限りに叫ぶメ―。
 かなたは耳を手で覆い、聞こえないと仕草で示した。

 そんな感じで、123番地の脇で待機していると。
 しみのついた白衣になんだか味噌汁みたいなシミを増やした取材対象が、足取りも軽く歩いていく。
 当然のようにそれを追うかなた。
 メーは諦めたように息をつき、その背中に続いた。
 
 そうして彼を追って辿りついたのは、先ほどメ―が浮かべた変なクサムラに好かれた家だった。
 とはいえ、今、変なクサムラに擬態(?)していた彼女とそれを呼びよせていた彼は、娘を残して旅だったけれど。
 けれど、やっぱり。
 裏庭をひょいと覗くと、変なことになってた。
「あちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ! リュコラ殿! さすがに近いです! 焼けます!」
「あーもう黙れ馬鹿。どうして片付けたばかりの木の葉の上に着地してくるんだ!」
「HAHAHA! それはもう! 私とリュコラ殿が通じ合っている証拠じゃない?と言わせてもらいましょう! っあ、あちゃ、今位置下がりましたか!?」
「毎度使いふるされた冗談を言うからだろう」
 坐った目でロープを操っている灰色の髪の女の子。そしてみの虫状態の白衣。
 僅かに見えたその光景から目を逸らすように、メーは空を見上げる。
 青い空、白い雲。空を漂う、芳ばしい香り。
 その香りはとってもお芋っぽい。食欲をそそる。
「…焼かれてるねえ」
 そんな努力を無にするようなかなたの声にも、彼は答えなかった。
 おいもの美味しそうな匂いに、そろそろ白衣が焼けてきた臭いはまじっていない。混じっていない、彼は必死にそう言い聞かせることで忙しかったから。
 自己暗示に勤め、空を見続ける彼の目の前を、なんだか裾がちょっと焦げた白衣を着た誰かが飛んでいっても。『地竜も空を飛べるんだねえ』なんてしみじみという相棒の声が聞こえても、彼は必死にそう言い聞かせていた。


 観察は、ターゲットを見失ったため、御開き、ということになって。
 帰路につくメーは、隣で歩きつつもなにやら書いているかなたに問いかけた。
「…で、お前さ。今日のをどうするの?」
「ん。こーしてまとめてるじゃない。『太陽さんの優雅な一日(笑)』って」
「そこで笑うなよ!」
「でも落ちがないと落ち着かないねえ。…結論、太陽さんはちょっとM、…ってことにでもしたらやっぱり怒るかなあ」
「待て」
 筆を止め、ノートを抱え、色々と問題のある発言を吐く主の肩を、はがしっと掴むメ―。
 唐突に足を止められたかなたはむうと眉を寄せた。
「えっ、だから、Mなんでしょ?」
「なにがだから、だ!?」
「いや、ほら。ターゲットが今日怒られたりふっとばされたりのは、たぶん好意を持っている仲良しさんな相手のはずで。
 好きな人にいぢめられて楽しい―――それはMだと思うの…」
「しらねーよ! ともかくお前そんな変な記事書くの反対だからな!?」
「なによう。口うるさいメー君ねえ」
「うるさくない! 一日つけまわしたあげくその言い草はない!
 そもそもそういう疑い持たれることがどれだけ人を傷つけるか知らないだろう!」
「いや、知ってるけど。ほら、傷ついた分だけ優しくなるのが所詮綺麗事で実際ねじれる人だっているように、M扱いされた人が他人にそのレッテルを張らないとは限らないのだよメー君」
「なんで諭す口調なんだよ! っていうかレッテルって言ったし!」
「んもー。本当にうるさいメー君だねー」
 はぁ、とわざとらしく息をつくかなたに、青筋を立てるメ―。

 ―――ちなみに、この後。
 『太陽さんの以下省略』が日の目をみることはなかった。
 代わりにコラムとして掲載されたのは、この日、散々記事の掲載を止めたメーとのやり取りで。

「元々よその人のコラム書くつもりなら、あんなに変なことしないで。許可取るに決まってるじゃない。しかも勝手に性癖想像しても記事になんてしないしない」

 ああそうか。
 結局こいつは俺のことネタにするつもりで行動してたんだよなあ。

 悟ったメーは、少しだけ涙ぐんだ。
 今は昔、まだまだ彼と彼女の背丈が離れていなかった頃のお話である。


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