イソレナは今、危機に直面していることをはじめて知った。
幾たびの視線をかいくぐり、
数多の生死をやり取りしてきた彼は……
未だかつて、体験した事がない危機に直面していた。


7-いいか。あれが、駄目な大人の見本だ。


「本当に大きくなりましたよねぇ、エゲ君」
「ええ………僕も流石に想定外です……」
ここは111番地…みんなの胃袋の友、朱音さんの料理店。
なぜ125番地と後一つか二つで引き籠もりをしているイソレナがここにいるかというと……まあ、一種の偵察である。
正確には、自分の龍が迷惑をかけてないかというチェックなのだが……
店舗の側から見るアプエゲの姿は、ここ数日でにょきにょきという言葉が似合う程に成長していた。
「何食ったらあんなのになれるんですかねぇ」
「なんでも食べますしねぇ、何が直接の原因なのかは分からないですねぇ……」
のんきな言葉だが、事実だという事は予想出来た。
さっきから見ていると、作った食事は一品ほぼ全て奴の腹の中だ。
一体全体、食べた質量はどこに行っているんだろうか……
「等価交換の法則が乱れる……」
「あー、イソレナさんお得意の理論が通じない相手ですか……まさに獅子身中の虫…が自分の看板地龍とは皮肉ですねぇ」
「……」
何か気の利いた返しを考えたが、思いつかなかったので口を閉じる。
主に、ぽこっちとかぽこっちとかぽこっちとかを絡めたかったのだが……
こう言うときに限ってネタの神様は降りてこない。
時に、驚くべき電波を発してくれるが……
「って、そんな事はどうでも良い」
意識を戻す。危ない危ない、完全に違う方向に思考回路が行く所だった。
そう、そんな事よりも今は考えないといけない事がある。

再び水を一口口に含み考え出し……
「で、何を悩んで居られるんですか?」
ニッコリと笑った朱音さんが話しかけてくる。
「………」
「既に、三時間ですけど…頼んだのは最初の食事だけで……」
「いや、あいつの食料費のことを考えると頭が痛くて節約をと思いまして……」
「ちゃんと貰ってますよ?」
「えっ?」
「既にちゃんと貰ってます。食料費の分。バイトとバイト代との折り合いがありますけど……」
思考が一瞬停止する。
いや、確かにアプエゲにもお小遣い(店での貢献分の給料扱い)を渡してはいる。
だが、明らかにあの量の食費をまかなえるはずがないと思っていたのだが……
「なんだ、だったらスペシャルアイス三点セットでお願いします」
「はい、わかりまし…」
「ついでにアプエゲの給料にツケておいてください」
「……駄目ですよ、自龍いじめ。かっこわるい、だめ、ぜったい」
「冗談ですよ。スペシャルアイスセット、珈琲でお願いします」
止められなかったらそのまま頼んでたけどとは口に出さない。
あくまで冗談の一貫……でおいておく。
朱音さんはそのまま苦笑いをしつつ厨房に戻っていった。


「で、何を悩んで居られるんですか?」
終わったと思った話題を蒸し返されると返事に困る。
と言うか、驚きすぎて微妙に涙目だ。いや、流石にそれは言い過ぎだが……
まさにそれを実感した気分だ、朱音さん感謝。
「ええっと、なんの話でしたっけ?」
「イソレナさん、ずっとアプエゲ君の姿を目で追っていて…何か悩みがあるんでしょ?」
「分かります?」
「わからんでかい。と言うぐらいはっきりしてました」
「それはそれは……」
……。
うーむ、この悩みは結構深刻というかなんというか……
だが、こんな話題を朱音さんにしても良いものか…
「無言で誤魔化そうとしてもだめですよ」
「いや、別に誤魔化そうとかは思ってませんよ。ちょっとお茶を濁そうかとは思いましたが」
「うちのお茶を濁す事は中々難しいかと…灰汁抜き後の灰汁汁とか入れます?」
「毒殺ですやんそれ…そーいう敗北やら死亡の数字は増やしたくないなぁ……」
そう伝えて、うーんっと悩み……
まあ最終的に巡り巡って伝わる気がする。
「ですね、どこかしらから伝わってきますよ。多分」
「……いつから朱音さんは『覚り』になったんですか。まあ、良いですけど……」
言うと決めた以上悩んでいても仕方ない。
朱音さんが姿勢を伸ばす。そう、真剣な話であると伝わったようだ。
こちらも、姿勢を伸ばし……

「重要な悩みというのは……あと数センチで身長が抜かれてしまうんですよ」


「アプエゲ君……イソレナさんが……」
「分かってます。しょーもないことを言ってきたんですね」
「……いいですか?あれが、いや、全てを否定するわけでもないんですが、そーいう部分はなんというか…」
「分かってます。あれが、駄目な大人の見本ということですね。実にありがとうございます。全く自分のマスターでありながら……」
「ところで、アプエゲ君?」
「何か用かな?」
「その料理で本日何品目ですかな?」
「僕は謙虚ですから、精々50品目ぐらいです」
「そうですか、向上心(異常食欲)凄いですね」
「それほどでもない(キリッ)」



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