※これを読む前に「11.それ、お前の勝手な妄想だから。」を読まれる事をお勧めします。
全力で便乗ネタです。
話があるの。
遊びに来たエル姉が珍しく真顔でそんな事を言ってきた。
少し大きめの荷物を持ってきていた姉に「何があったのか」とその場で聞くのも何となく躊躇われたので、俺の部屋に通してから台所で茶を入れる。
ふわふわと立ち上る湯気を見ながら、はあ、とため息をついた。
4.それってまさか、俺のこと…?
「相変わらず殺風景よね〜」
エル姉は椅子に腰かけ、くるりと部屋を見回すとしみじみと呟く。
棚と箪笥とテーブルと椅子とベッド。俺の部屋にはそれ以外に何もない。
「物を置くと汚れるから置かないだけだ。特に不便もないし」
周囲には時折「花でも飾れば?」と言われるが、メンテナンスが面倒なので置くつもりはない。
持ってきた茶を渡し、自分はベッドに腰をかける。
「で、話って?」
そう促すと、エル姉は持ってきた鞄から薄い冊子を取り出してこちらに差し出した。
「何も言わずにこれ読んで」
真顔で言われ、とりあえず冊子を受け取る。表書きが無いので内容はうかがい知れない。
ぱらり、と表紙を捲ると「闇よりもなお暗きもの」という文字が目に飛び込んできた。てっきり本か何かかと思ったのだがどうやら違うようだった。
「台本……?」
とりあえず読み進める。
……進むに従って軽い頭痛を感じるのは気のせいと言う事にしておきたい。
一通り読み終え、ぱたり、と冊子を閉じる。
エル姉の方に視線を向けると、真っ直ぐに見つめ返された。
「これ読んでどう思う?」
「……エル姉はフェレス兄さんを怒らせたいのか?
それとも、怒られたいのか?」
冊子を返しながらこれ以上ない素直な感想を伝えると、エル姉は悪戯がばれた子供の様な表情を浮かべた。
「あ、やっぱり分かる?」
「分かるも何もあったもんじゃないだろコレ」
内容は愛憎劇。けっこうドロドロとはしているが面白いと思う。
面白いとは思うが、登場人物とか状況とかが、自分が「兄」と呼んでいる存在とかなりの割合で重なる時点で洒落にならない。
「割と現実に起こりそうな内容をぴっくあぷして一番現実っぽい内容を加味してみたんだけど」
「余計タチ悪いと思うんだが気のせいか?」
「気のせい」
「で、これフェレス兄さんにやってもらうんだろう?」
予防線代わりにそう口に出してみるが、まあまずあり得ないだろうな、とは思う。
返ってきた言葉はやはり想定内のものだった。
「そのつもりだったんだけど、きっちりきっぱり辞退された」
「……まあ、当たり前と言えば当たり前か」
「それで、フェレスが駄目なら代役の龍立てないと、と思って」
「どうしてもしたいならそれしかないだろうな」
「で、適任が居たのを思い出したから、さっそくスカウトしようと思って」
「適任……?」
つう、と背中に嫌な汗が流れる。
エル姉は笑顔で此方を指さした。
……とりあえず振り返る。当たり前だが後ろには壁があるだけだった。
「……あっちはパッチーさんのお宅がある方か。成程、メフィ兄か」
「ちがうわよ。第一、パッチーさんの家の方角はあっち。正反対でしょうが」
冷静に突っ込まれて逃げ場がなくなる。
「……認めたくないんだが。適任ってまさか、俺のことか…?」
絞り出すように言えば、エル姉はとてもとても良い笑顔で頷いた。
「いえーす、ざっつらいと。
これからする私のお願いにハイかイエスで答えてください♪」
「だが断る」
にっこりと綺麗な笑顔で言われた無茶を即断る。
「ハイかイエスで答えてください♪」
「拒否権ないのか!」
「ハイかイエスで答えてください♪」
三回とも同じ笑顔同じイントネーションで言われる。いっそ100回位繰り返してやろうか、とも思ったが同じ反応されたら怖いので諦める。
「………ああもう分かったよ。ったく。
で、バランスとかどうするんだ? 正直配役によっては見栄え悪いぞ俺」
悔しい事だが、まだ俺の身長はそんなに高くない。軽く見積もってもエル姉よりも10センチは低い。
俺の言葉にエル姉はにやりと笑うと、持ってきた大きな鞄からごそごそ探り何かを取りだした。
「そんなこともあろうかと、超シークレットブーツを御準備致しました!
サイズもアランの足にジャストフィットよ☆」
「何処の通信販売だ。
大体なんで俺の脚のサイズ知っているんだ」
「真夜さんに聞いた」
「あいつ余計な事を……」
「コートもあるわよ」
「……準備の良い事で」
ため息交じりに嫌味を一つ返す。ああ、何だかもう色々面倒になってきた。
「ヒロインは私やるから、大船に乗ったつもりで任せなさい」
「大きな泥船……」
「なんか言った?」
「イエナニモ」
はあ、とため息をひとつついてブーツをはき、コートを羽織って立ち上がる。当たり前だがいつもより視界が高い。
「……とりあえず歩く練習から必要じゃないか、これ」
数歩動いてみて思わず顔が引きつる。早々に座りブーツを脱いだ。
正直かなり歩きにくい。舞台で転んだり、転ばなくても変な動きをしたら色々興ざめだろう。
「まだ日はあるからそれまで演技込みで練習ね。付き合うから」
にこにこと嬉しそうに言われると、もうため息しか出ない。文句の言葉がすべてため息に変わってしまったかのようだ。
ため息一つつくと幸せが一つ逃げると言うけれど、この分だとかなりの量の幸せが逃げたのではないか、などと現実逃避ぎみに思う。
……結局の所、それさえも「まあ良いか」などと思ってしまう自分の頭が多分一番問題なのではないだろうか。
練習予定の事を話すエル姉に相槌を打ちながら、そんな事をぼんやりと考えたのだった。
おしまい。