「……しっかし終わりませんねー」
ざざざっと鈴カステラを袋(三袋目)から皿へ移しながら朱音は少々投げやりな口調で呟いた。
夜遅くの甘味はあまり健康にはよろしくないと言われているが、時にはそんな理屈をぶん投げてやけ食いしたくなる時もあるのである。
「こうなったら最終兵器召喚しますか」
「あるんですか、最終兵器」
「使い方間違えると危険ですけどね」
朱音は軽く溜息を吐いてから立ち上がり、軽く瞑目した後、意を決して目を見開くと同時に召喚石を振るった。
20.ちょっと待て。今、さらっと何言った。 −素面だからこそ性質が悪いヒトの話−
「誰が最終兵器だ」
「ならば真打と言えば良いのでしょーか?」
むすっと眉根を寄せて軽く睨むポコスに怯む事無く、朱音はすっとドラゴンカフェの一角を掌で示した。
「あの可愛い二人組の言い争いをどうにかして終わらせて下さい」
「は……え、あの二人か?」
朱音が示し、ポコスが指差した先には半ば涙声になりながらも言い合いを続けている、長身の白い少女と小柄な緑の少女がいた。ポコスの返事に朱音はきっと彼を睨みつけた。
「ほぉまさか貴方はあの二人が可愛くないとでもおっしゃるおつもりでしょうか? よろしいならば決闘です」
「いやそういう意味ではないから包丁抜こうとするな!」
「むぅ」
心底残念そうに包丁から手を離す朱音と、それを見てホッとしているポコス。そんな二人を見て少々置いてけぼり状態の羽堂は、この二人はこんな殺伐もとい猟奇的じゃなくてデンジャラスな関係だっただろうかとこっそり首を傾げるが、二人は気付かず話を進める。さっき主人の方から肌がピリピリするほどの殺気が出ていた事など幻だったかのように。
「多分貴方が何かしら意見言えばどうにかなると思います」
「おいおい……というか何が原因だよ? あの二人が揉める理由が全然分からんのだが」
「行けば分かります。対処に困ったら私の真似をしてみれば良いと思いますよ?」
「お前の真似って……あぁー……了解しました」
ぺこりと軽く頭を下げて、ポコスは二人の元へ足を向けた。朱音は軽く溜息をついて席に着く。鈴カステラを摘まみながら、羽堂はポコスの方を見やって呟いた。
「大丈夫ですかねぃ」
「恐らく。まぁ……ダメだったらサンドバックにでもしてやって下さい」
「……今、よその子だからとかじゃなくて、地龍だから堅そうでちょっとなぁーと思ってしまった自分がここに」
「私も思ったから問題ないですよん。まぁそんなことより」
もう一杯お茶飲みません? とティーポットを持ちあげた朱音に、お願いします、と羽堂は自分のティーカップを差し出した。
「おーいそこの涙目二人組ー」
ポコスが少し面倒くさげに声を掛けると、咲良とエゲリアは共に苦い表情を浮かべてほぼ同時に彼の方を振り返った。
「っ、また面倒なのが……」
「うぅ、何だポコス、私らに何か用か」
「いや、いい加減決着付けさせてやれって言われたから」
「それはまた随分とお節介な……」
エゲリアはじろりと朱音の方を見たが、朱音はにっこりと笑みを返すだけだった。その笑みには「嫌ならもっと早く譲歩すれば良かったんですよ」と書いてあったのだが、咲良との応酬で大分疲れていたエゲリアはそれに気付かずに視線をポコスに戻した。二人から軽く睨まれて少々口元を引きつらせながらポコスは尋ねた。
「というかお前ら一体何をそんなに揉めてんだ?」
「知らないで来たんですか貴方!」
「行けば分かるから早く行けと脅されたからなんだけどな。で、何でなんだ?」
「……エゲリアが私を可愛いとかいうから」
「それはこちらの台詞です。可愛いとは貴女の様な人にこそ相応しい言葉でしょうに」
「だーかーらー」
「はいはい待った待った。……こういう事か……」
なるほどね、と溜息をついたポコスを見て、咲良はハッとしたように手を鳴らして問いかけた。
「じゃあポコス、お前はどっちが可愛いと思う? エゲリアだよな? そうだよな?」
「え?」
「……地龍殿」
「え、ええぇ……えーっと……」
多分「朱音が一番可愛いからなぁ」という(この場にいる二人にとって)無難な結論が出てくるだろう。そう思ってエゲリアは咲良に反論したいのを我慢してポコスの返答を待つことにした。
ポコスは二人をじーっと見降ろして、ひたすら唸っていた。
「……どっちって……お前ら二人共可愛いからなぁ……」
困り果てた彼の呟きに、咲良もエゲリアも凍りついた。少なくとも傍観しているマスター二人にはそのように見えた。
「ちょ、お前まで何を――!」
「……全く貴方は期待外れな事しかしない方ですね本当にこういう時くらい空気を読んで一番は朱音だろうくらい仰って見せれば良いのに嗚呼本当に使えない爆ぜてしまえば良いのに」
「……え、エゲリア? 大丈夫か、顔色悪いような――」
「全く相変わらず照れ屋だなエゲリア、そんな所も可愛いけどな。あと結構見栄っ張りでそのブーツも更に中で底上げされてるシークレットブーツだから実は身長が百「黙れぇ!!!」ぐはっ」
あの細い身体でどうすれば両手幅もある辞書をそんなに力強くぶつけられるのだろうか。その場に居たエゲリア以外の全員が疑問に思ったことだが、誰も口に出して尋ねたりはしなかった。今の珍しく余裕のない彼女にそれを訊いても返事の代わりに何かが飛んできそうだったからである。
咲良は半ば他人事の様に二人のやり取り(主に褒め倒すポコスと実力行使で口封じにかかるエゲリア)を見ていた。しかし普段運動しない所為で体力がほとんどないエゲリアが大人しくなると、ポコスは思い出したかのように咲良の方を見て言った。
「ついでにこの際だから言っておくと、お前もお前でちゃんと可愛いと思うからな。丸っこい目とか、怒るとすぐ頬が赤くなる所とか。真面目なしっかり者であると同時に結構天然さんだったりする所もなかなか可愛らしいと思うぞ、咲良」
「ぎゃー!!」
突然の褒め言葉に真っ赤になった咲良がべちべちとポコスの腕を掌で叩き始めるが、ポコスはあまり痛がる様子も無く、軽く笑いながらいなしていた。反対側ではエゲリアが辞書で肩を叩き始めていたので、転倒しないのが不思議なくらいである。床に根でも生やしたみたいである。
そんな光景を、少々虚ろな赤い瞳と諦観を映す赤黒い瞳は見つめ続けていた。おもむろに、赤い目をした紫色の髪の女性が口を開いた。
「……アオちゃん。一つ確認して良いですか?」
「はい、何でしょうか?」
「……あれは、ポコっちですか? 正真正銘アオちゃんちのポコっちですよね?」
「そうです、あれは私の家のポコスです」
いつも楽しそうな笑顔を浮かべている彼女にしては、珍しく引きつった硬い笑みを浮かべて朱音は答えた。
「……あんなキャラでしたっけ?」
「思ってる事を素直に言い始めるとああなるっぽいです」
「ほほぉ……」
「さっき私の真似をすれば? って言いましたけど……そうですね。彼は私の真似をしているつもりかも知れませんが、あれは地です。私が咲良さんを口説く前から彼はああいう事ができてましたもの」
「……朱音さんは、本当に咲良が好きなんですねぇ……」
「はい、大好きです」
一体どこが彼女のお気に召したのだろーか? と内心首を傾げながらも羽堂は追及しないことにしておいた。彼女が本気で咲良を落としたいと思っているなら話は別かもしれないが、そういう訳ではないようだし、と。
「で、ポコっちはあのままで大丈夫でしょうか? そろそろ肩が外れそうだとか思えてきたんですけども」
「あー大丈夫ですよ、彼はそんな柔じゃありませんし。エゲリアもそこは分かってると思いますよ」
「……結構目がマジっぽいですよ……?」
「外れたら外れたで自分で治せるでしょう。あ、ということは、運が良ければ珍しく痛がってる彼が見れるかもしれませんねぇ」
それは果たして運が良いと言えるのだろうか? ふふっと暗めのにやにや笑いを浮かべた朱音からちょっとだけ距離を置いて羽堂はポコスの方に改めて目を向けた。彼は殴り疲れたらしい二人の頭を軽く撫でて笑っていた。後ろから軽く後光的なオーラが見えるのは目が疲れているからなのだろうか。
「……本当にあんなキャラでしたっけ、朱音さん」
「んー、まぁ……ちょっと変わったのは認めます。殴りたくなるキャラになりましたよね」
「殴りたくなるんですか」
「あははははーえぇまぁ一度彼に口説かれれば分かりますよー流石に箱で異次元に送られたら困るのでさせませんけどねー」
「ほー……!?」
何か今凄く面白、もとい興味深い事を彼女は口走ったような気がしたのだが。聞き間違いだろうか。
「あの……朱音さん?」
「はい?」
朱音はいつもと同じ様ににっこり笑っているが……ちょっと怒っているようにも見えなくもない。朱音が怒っている所を羽堂はあまり見た覚えはないが、どことなく笑顔が硬い。思い切って羽堂は尋ねてみることにした。
「実は面白くない、とか思ってます?」
「え、非常に愉快に思ってますよ?」
「……さようですか」
「はいです」
真顔で返されては探ろうにも探りづらい。からかうにもからかいづらい。おまけに会話が途切れたその時に三匹の龍達がこちらに向かってきた。どうやら羽堂達が話をしている間に決着がついたらしい。ああ、せっかく面白そうだったのに見物し損ねてしまった。と、二人のマスターが同時にそう思ったのは誰にも知る由の無い事である。
「おかえりー咲良」
「ただいまー」
やっとこちらに戻ってきた愛龍はすっかり目元と頬が赤くなっていた。あちらはどうだろうと目をやると、エゲリアは既に召喚石の中に引き籠ってしまっていたらしく、姿が見えなかった。朱音の横に立っていたポコスはどことなくくたびれているように見える。どことなく、で済んでいるのが凄いようなそうでもないような。
「お疲れ様です」
「ああ、本当に。肩外れるかと思った」
「そうですか。外れちゃえば良かったのに」
「……本当可愛くないな君は」
「ありがとうございます」
……ここ最近カフェに来る回数が減っているのはもしや彼の変化が原因だったりするんだろうか? そんな考えが浮かび始めた羽堂に、さっきまで真顔でポコスと話をしていた朱音は苦笑しつつ声を掛けた。
「あー、もうこんな時間ですね。そろそろお暇しますね」
「本当ですねぃ。私も帰ります」
「今夜はうちの子がすみませんでした」
「いえいえお互い様ですよ」
「今後もよろしくお願いします」
「こちらこそです」
二人して頭を下げてから、一緒にカフェを出て、それぞれの帰り路を歩き始めた。
ああ、それにしても長い夜だった。