今日はどこかの大陸でなにかの祭りの日らしい。
枕元に靴下を下げておくと、良い子はその中に赤い服を着た不法侵入者がプレゼントを入れてくれて、悪い子には黒い服を着た不法侵入者が仕置き用の鞭を置いていくというありがたいのか迷惑なのか分からない日らしい。
そんなよく分らない祭りの日。居間でうたた寝をしていると誰かの気配を感じる。
目を開くと、黒のロングワンピースを着て白いふわふわのケープを羽織ったエル姉が笑顔で目の前に立っていた。
それだけなら「今日はちゃんと服を着ていて暖かそうで良かった」で済むのだが、現状がそれを許してはくれなかった。
「……なあ、エル姉」
「なに?」
「何で俺、縛られているんだ?」
18.おい。何で俺、縛られてんの?
至極もっともなはずの問いに対し、縄の先をもったエル姉はこくりと小首を傾げて言った。
「ノリ?」
「ノリで縛るな」
どうやったのかは知らないが、ぐるぐると厳重に巻かれた縄はちょっとやそっとじゃ切れそうもない。
龍化してすり抜けりことも可能かもしれないが、この分だと捕獲されるのは目に見えている。
原因も分からずにむやみに動くのも効率が悪いのでとりあえず抵抗を諦め、勢いをつけて上体を起こす。
さて、この現状をどうするべきか……と考えていると、かちゃ、とドアが開いて真夜が入ってきた。
「アラーン、おつか……」
ぴたり、とドアを開けた体勢で真夜が固まる。
じーっと此方を見てから思案するように小さく首を傾げた後、笑顔を浮かべる。
「いらっしゃいませ、エルヴ嬢」
てっきり何かしらのツッコミが来るかと思いきや、普通の挨拶が来た。俺が縄で拘束されているのはスルーすることにしたらしい。ツッコミ面倒とか思ったなコイツ。
心の中でため息をつきながら立ち上がる。両手を使えないというのは思った以上に動くのに不便だった。
「お邪魔してまーす。
真夜さん、今日アラン借りて良い?」
その言葉と同時にぐい、と縄を引かれる。よろけた所をぬいぐるみ宜しく抱きしめられた。
真夜は、あらあらまあまあ、と朗らかに笑いながら首を縦に振る。
「ちゃんと元のまま返していただければ幾らでも何度でもどうぞ」
「俺の意思は無視か」
「多少の寸法変更は?」
「ちょっと待て変更ってなにする気だエル姉」
「5センチ位なら伸縮OKですよ。密度は常識の範囲内でお願いします」
「密度変更は常識の範疇に入るのか、というかどこぞ芸術科の生徒の様な発言するな真夜」
「おっけー♪」
俺のツッコミを完全スルーして真夜とエル姉が話を進めていく。
「あ、その代わりお使いお願いできますか?
これ酒屋さんに持って行って欲しいのですが」
ひらり、と真夜は手に持っていたメモを振る。メモらしきそれにはびっちり何か書いてある。
ちらっと見たが、なんだか見ない方が幸せだったかもしれない。コーラが5樽にスパークリングワイン3本にライスワインと炭酸水10本って一体だれが運ぶんだ。
「酒屋さんっていうと、広場抜けた所の方?」
「はい。連絡は入れておくので宜しくお願い致します。引き取りはこちらでお伺いしますと伝えていただけると大丈夫なので」
「ん、分かったわ」
「宜しくお願い致します。行ってらっしゃ〜い」
エル姉にメモを渡してにこにこと手を振る真夜。
エル姉はひらりと真夜に手を振ると歩き出す。正直両手が使えないので歩きにくい。
ちらりと姉の顔を見上げれば、その表情がとても楽しそうだった。まあ用事が特にあったわけではないのだから良いか。
ふう、と一つため息をついてから「エル姉」と声をかける。
「縄解いてくれないか。歩きにく…っ!」
そう言った瞬間、玄関の段差に足を取られてバランスを崩す。手が使えないので拙い、と思っていたらエル姉が支えてくれて転ばずに済んだ。
「大丈夫?」
「ありがとエル姉。
……と言う訳で、歩きにくいから外して欲しい。人目もあるし」
「えー」
「逃げないから。頼むから」
しぶしぶ、と言った風情でエル姉は縄を解く。両手が使えるようになってホッとする。
「……で、今日はどこに行くんだ? 服を見にはこの間行ったよな」
軽く首と肩を回しながら聞けば、エル姉はちょっと首を傾げた後にひらひらとメモを振る。
「とりあえず真夜さんのお使いやってから市場に行こうかと思って。折角聖夜祭なんだし美味しい物とか食べたいじゃない」
「分かった」
頷いてそのメモを受け取りポケットに入れ、逆の手でエル姉の手を握る。逃げる気は無いという意思表示だ。握ったエル姉の手は相変わらず冷たい。
手を振り払われなかったのでそのまま玄関のドアを開けて外へと出る。
そのまま広場に向かって他愛のない話をしながら歩みを進める。
遠くから聞き覚えのある叫び声が聞こえてそちらを向けば、フェレス兄さんを担いでいるメフィ兄の姿が見えた。
エル姉が二人に向ってぶんぶんと手を振る。此方に気がついたメフィ兄は笑いながら此方へと向かってきた。
フェレス兄さんが「降ろせー!!」と叫んでいるがエル姉もメフィ兄もさっくり無視している。ごめん兄さん俺は無力です。
ふと視線を後ろの方にずらすと、リーヴァさんがいた。いつもより少し御洒落しているのに藪の中に入ってしまったら意味が無いと思うが言ってもどうしようもないので意識の外に追い出す。
兄や姉の方に意識を戻すと、どうやら一緒に買い物に行く方向で纏まったようだ。
フェレス兄さんも無事降ろされ、ぶちぶち文句を言いながらも逃げる気は無いようだった。何となくリーヴァさんに申し訳ない気もするが。
「さあ、行くわよー」
エル姉はそう言って俺の手を引いて歩き出す。フェレス兄さん達とも合流したしてっきり離されるかと思ったのだけれど。
……寒いし、市場は人いっぱい居るだろうし、はぐれたらエル姉うるさいだろうし、兄さん達にも迷惑かかるし。
繋がれた手をそのままにする理由は思いついても、離す理由は特に思いつかない。
そんな事をつらつらと考えながらエル姉の隣を歩く。すぐ近くにはメフィ兄とフェレス兄さん。
何となくふわふわとした気分になってエル姉の手を握る手にほんの少しだけ力を込めた。
オチは無いけどおしまい。