「だあああああああめんっどくせええええええええええええええ!!!」
突然、咆哮が響いた。
19.何回も聞くな!
「…………」
「…………」
フェレスとアランは、切れ長の目を丸くして、トゥエルヴを見詰めた。
トゥエルヴ――咆哮の主は、がしがしと頭を掻き毟っている。
艶やかな黒髪がぐしゃぐしゃだ。
「…何?」
数秒置いて、フェレスが問う。
間の抜けた問いだが、そうとしか問い様が無い。
突然部屋に入ってきて椅子に掛け、突然沈黙し、突然立ち上がり叫び出した奴に対して他にどういう対処の仕様があるというのだろうか。
恐らく部屋にいるのがフェレスとアランだけと見ての奇行なのだろうが、居合わせた方は心臓に悪い。
現にアランは度肝を抜かれ、目をぱちくりさせるだけで微動だにしない。
「…………」
頭を掻き毟るのを止め、手をだらりと下ろすトゥエルヴ。
どすんと椅子に腰を下ろすと、テーブルに突っ伏した。
目だけをきろりと動かし、アランを見た。
「…あーちゃん」
「誰だよ」
先程まで微動だにしなかった筈のアランが、脊椎反射で突っ込んだ。
相当調教が進んでいる。
「…あーちゃん…私が死んだら泣いてくれる?」
「…何だよ急に」
「ダメかなあ」
「いや、だからその前に、一体何が」
「私が死んでも代わりはいるもの…」
「ダークデビラゴス種的な意味ならそうかもしれないけど。
…エル姉みたいなのがぽこぽこいてもそれはそれで嫌だな、俺…」
一瞬神妙になった空気が変な方向に飛んだ。
というかアラン、何気にかなり失礼なことを言っている。
トゥエルヴはそれに気付いていないのかそれとも単に慣れているだけか、黙って身を起こした。
沈痛な表情のまま呟く。
「…誰にだって、黒歴史ってあるじゃない?」
「…………」
「…………?」
話の繋がりが見えず、顔を見合わせるフェレスとアラン。
トゥエルヴは話を続ける。
「…だけど、…いるのよねー…黒歴史ほじくり返す奴」
「…いや、黒歴史の内容にもよるんじゃないか」
アランの冷静な意見。
言葉を選びながらぽつぽつと口を出す。
「過失の内容によっては、蒸し返されても仕方がないことだってあ…」
「あ――じゃあアランが仔龍の時うちのプランターの端におしっこして花枯らしたこと言い触らしてやるわっ!」
「ちょっ、まっ、黒歴史っつかそれ、いつ!?」
「あんたがてのひらサイズの時!」
「どんだけ昔だよ!記憶にございません!」
言葉を幾ら選んでも、トゥエルヴがキレる方が早い。
うちのプランターってイソレナさんとこのことかな、それともうちかな。
フェレスはそんなどうでもいいことを考えながら窓から青空を眺め、静かに溜息を吐いたのだった。
「まぁ、大体の事は笑って流すんだけどね。
…冷静に色々考えてたら段々腹立ってきてねえ」
居辛くなったアランが席を外し。
フェレスとトゥエルヴは、向かい合わせで話をしていた。
「…なんか急に叫びたくなることってあるよね。…だけどびっくりしたよ」
「あんたらなら大丈夫だと思って」
「家で叫びなよ」
「家で一人で叫んで、現マスター宅の誰かに聞かれたら厄介じゃない。
あんたらがいたら、後で他の誰かに訊かれても『ちょっとね』でごまかせるのよ」
平坦な声でそう言うと、グリーンティーを飲み干す。
席を外したアランの分にも手を伸ばした。
フェレスはそれを横目で見て、再度溜息を吐く。
「…そんでもう一回訊くけど、何があった?」
「『あんたがあたしだった頃』」
トゥエルヴは一度言葉を切り、アランの分の茶を飲み干した。
ふっと短い息を吐き、言葉を連ねる。
「…『相手した』奴が、『また相手して』ってね」
「…………」
フェレスは顔を顰めた。
アランは席を外して正解だ。
席を外させた、と言った方が正確かもしれないが。
「それがまたしつこいしつこい」
「断ったんだよね?」
「一回断られたら諦めろっつーのよね。何回も訊くなーっつって、ぶっとばしてきた」
目に浮かぶようだ。
「…まぁ、それは確かに黒歴史だ」
苦笑いするフェレス。
「一応当時は好みだったと思ってたんだけどねえ。今となってはなんか全てが腹立つわ。
見た目も声もあだ名も…『トゥエンティ』って、許可なく8増やさないでって話よ。
…あの頃どんだけヤケになってたか解った気がするわー…」
「…………」
トゥエルヴの黒歴史は、彼の黒歴史でもある。
黒歴史と言っていいのかどうかも解らない、遠い薄闇の中のフィルムではあるが。
「そんでさ、フェレス」
「…何だい、トゥエルヴ」
突然身を乗り出してくるトゥエルヴ。
フェレスは怪訝そうに上体を引く。
「…黒歴史をほじくられるだけでも嫌なんだけどさ…
何故か、現マスターがそれを把握してるのがまた嫌なのよ…」
「…………うわあ」
最近余り見かけない少年の笑顔が、脳内を行き過ぎた。
何故か寒気が背筋を走った。
風邪でも引いたかなと呟いて、自分をごまかしてみる。
「エゲは『彼氏と食べてくると思いましたからー』とか言って私のごはん残しといてくんないしさ。
なんかよくわからんけど笑顔でめちゃくちゃ怒ってるしさ。怒りながら皿まで食うしさ。
現マスターには怒られるしさ。許可無しに外で恋愛してくるの禁止!一度それで酷い目に遭ったから!
召喚石の中身総とっかえ状態になって苦労したから!…って…」
「…はあ」
「…あと、僕も最近いちゃいちゃできてないのにって言われた」
「…………」
「どう思う?」
「本音はラスト一行だと思います」
そういえば最近あんま見かけなかったんだった。
フェレスの脳裏を再び、少年の笑顔が寒気と共に行き過ぎていった。
前世(?)は色々あった彼女。
そして今世(?)も色々ある彼女。
…だが取り敢えず、今世(?)のアクションの前に、前世(?)の男女関係を整理すべきである。
フェレスは他人事の様にそう思いながら、冷めた茶を啜ったのだった。