これでもかというほどに少女好みの装飾を施した店がある。きらきらと可愛らしく、店内で売るお菓子に負けず劣らず甘い印象の店構え。
 そう、少女趣味だ。
 まるで少女らしくないものを拒むかのようだ。
 男物と思わしき白いコートを着た茶髪の人物は、ゆるく息をつく。
 ―――それからしばしの後。
 同じ店の前、長い緑の髪をなびかせた青年がいた。


17.何回も聞くな!


 ヘブンズレイ―――という菓子店がある。
 できたのは…そう、彼女の前でまだ『私』と言っていた頃―――ようは付き合う前だ。まぁ、最近といえばそれなりに最近だけど。
 ともかく、その店は、できてすぐに一世を風靡した。人気の秘訣は、色とりどりのマカロンとギモーヴもさることながら、愛らしい人形。
 家にもはまっていたものがいて、磨智さんが一時その愛らしさと店にむりやりつれて言った時のメーの反応にはまって通いつめていた。
 通い詰めていたけれど、その人形をもらうためには結構な量のお菓子が必要で。
 僕もご相伴に預かっていた。預かっているうちに、すっかりとはまってしまった。はまって、美味しいと思ってしまうと―――一緒に食べたいなあとか思う相手がいるわけで。
 だから、彼女の家を訪ねる土産として、浮かんでしまったわけで。
 …そんな風に言い訳を重ねないと入れないようなふりふりでろりろりでピンクな店の前、僕は佇んでいた。
 …そういえば以前、小町さんが言っていた気がする。結界の役目は境界を作ることだと。ならば男入んなと言わんばかりのこの内装も、もう十分に結界のようだ。
 女性に完璧にターゲットを絞っていても人気店なのだから、問題なんてないんだろうけれど。
 胸の中で呟いて、足を進める。
 入りづらい。ものすごく。けれど入らないまま立っているのは、中々間抜けだ。
 きらきらしい扉は、またいでしまえば、案外気にならなかった。


 案外気にならないけれど、特に長居をしようと思わない。
 だからこそさっさと目的のものを選んでレジを済ませる。今日もとっても繁盛しているらしく、列はにはそれなりの長さがあった。けれどまあ、美味しいもののためらら仕方ない。
 それにしても長いな、と改めて行列を見つめる。と、最後尾に並ぼうとしていたコート姿の茶髪と目があった。刹那、その茶色の目が僅かに見開かれる。
 日に焼けた肌と、端正な顔立ちを持つ彼女のことは知っていた。あちらも僕を知っている。
「…貴女は」
「やあ奇遇ですね。こんなところで」
 思い出した名前を紡ぐ前に、口を開く彼女は、確かダージリンさん、だった。白いコートの下のシャツが、今日はいつもより少しだけ整っている気がするけれど、間違いようがない。
「風矢サンは察するところお土産ってところかな。お使いにしては量が多いし、こういう店を好む男性もいるという話だけれど楽しそうには見えないし。となると例の小町サンにこういったシュミが? 少々意外だけれど人はみかけによらないからね。
 じつはボクもそうなんだよ乾クンが食べたいとか言っててさ。でも入りにくいっていうから仕方なく。まったくボクだってこんな綺麗なお店はガラじゃないと思っているんだけどね」
「………」
 一を聞く前に無駄に十を語り倒す口上は記憶にある通り。
 けど、なんだろう。こう、いつもより余裕がないというか。
 これではまるで―――…
「…もしかしてこういったお店好きなんですか」
 問いかけの形で断定してみた。
 日に焼けた頬は、ほんの少しひくついた。
 …へぇ。意外だ。意外と言うより、好きだと聞いてこういう反応が返ってくることが意外だ。
 何事にも動じない世捨て人もどきかと思っていた。…というより、彼女と同じ家の闇竜。あの浮世離れしたわりになにかと口うるさい闇竜。その雰囲気が目隠しになって、彼女も同類に見えていたのかもしれない。
「いやだからボクは…」
 …別に彼女が何を好きでも興味はないけれど、ここまで隠されようとするとなんか面白くなってくる。
 人の言葉を遮るのは不躾。だが、思わずやり返してみた。
「いいじゃないですか。なにを照れる必要があるんですか?」
「照れてないよ。ただ誤解は解かなくてはと思ってね」
「誤解なんですか? 勿体ない。貴女は女性なんですから。似合いますよ」
 軽い気持ちで笑いながら言った―――けれど、すぐに後悔した。
 困惑するようにひくついていた頬から不意に力が抜けたから。
「…ボクは残念ながら女の子なんて似合う龍ではありませんよ…」
 緩み、自嘲の色の滲んだ微笑を浮かべる顔に、口をつぐむ。あれか、何回も聞くなってやつだったのか? いやだってこの龍がいつも人の嫌がることを言ってくるから。嫌がることというわけではないけれど、なにかとこちらの都合に構わずやかましいから。特にいつだったかロリキョニュウとかいう女優がいるとか言って、折角消えかけていた良く分からない話を蒸し返そうとしたりするから。だから……だけど……
 ………調子に乗りすぎたな。
 どちらかと言えば小憎たらしい口は、反省する間も動かない。まさかちょっとからかったくらいでこんな気まずい思いをするとは思わなかった。
 人の波から僅かに離れ、一見にやにやと笑う姿から漂うのは、かたくなな印象。
 これは…いや似合いますよと慰めてみたところで聞き入れなそうだ。別に僕には関係ないことだけれど、このままでは少々…気が引ける。周りの目線も、少し集まってきてるし。
 …どうしよう。
 しばし考え、とりあえず浮かんだ案を実行しようと決める。そうして、努めて目の前の地龍の変化に気付かない顔を作る。
「まぁ、貴女がそう言うならそうなのでしょう。
 …しかし困りましたね。せっかく知り合いを見つけたのだから頼みたいことがあったんですが」
 言いつつ僕が袋から取り出したのは、一体の人形。これでもかと言うくらい精巧に作られた、長い髪の女の子の人形。
「今結構買ってしまったので、人形もらったんですけど…実はかぶってまして。…私はいらないので、あげる相手がいなければ捨てるしかないかと……」
「勿体な……っ!」
 言いかけ、口を押さえるダージリンさん。
 照れる姿はやはりちょっと新鮮かもしれない。新鮮と言うか、意外と言うか。面白いと言うか。かなたさん(というかかなたさんと交流のある女性か?)好みの反応というか。可愛らしくもあるかもしれない。僕としては小町さんには負けるとしかみえないけれど。
 …ま、それを置いておいても。追求はしない。わびになるか分からないが、わびのつもりなのだから。
 思いながら小さく笑うだけに止め―――手を滑らせたようなフリを作って、ひょいと人形を放る。
「……っ!」
 そのままいけば床(これまた淡く綺麗な色合いの床だが床は床だ)に落ちたはずのそれは、しっかりとキャッチされた。
「いささか不注意なんじゃないですか? 風矢サン」
 非難がましい目と共に紡がれるのは、同じ色を孕んだ言葉。なにかを煙に巻くようによくわからないことばかり語り倒す彼女にしては珍しく、率直な反応だなと思う。
「そうかもしれません。やはり興味のないものですから、中々慎重になれないのでしょうね」
 あくまで面倒そうに、困ったようにそう言ってみる。
「けれど粗末にするのもどうかと思うので、もらってもらえませんか?」
「…、ボクは欲しいってわけじゃないですよ。ただ老婆心ながらものは大切にした方がいいという忠告をね」
「ええ、欲しくないのは先ほど分かりましたよ。
 ただ私よりは大切にしてくれそうですし。それこそ貴女のところの他の龍に渡してくれてもいい」
 言い切って背を向ける。何か言いたげな目線を感じたけれど、とりあえず無視しよう。別に彼女に嫌われたところで、困らないし。
 ただ。
 あの人形がさっき無神経なことを言ってしまったらしい詫びになればいいのだけれど。
 思いながら、僕は店を出た。


 その後のことで特筆するようなことはない。
 恙無く歩き、彼女の部屋にたどり着き。土産を渡す。以前ならあった『気を遣わなくとも』の言葉がなくなったことを嬉しく思いながら。
 けれど、箱の中身を見た小町さんは僅かに首を傾げた。
「今日はお人形はないのですね」
「…ああ。欲しがってる人がいたのであげました」
「そうですか」
 静かに言えば、彼女はあっさりと頷き、お茶の準備を始める。とても普通に始める。
 …そう、普通に。男か女かとか聞いてくれないまま。
 ―――ちょっとヤキモチ焼いてほしいなあとか思った僕が浅はかでした。
 背を向ける彼女に感じる一抹の寂しさ。…けど、まあ。欲しいものでもないのだから、その反応が当然、か。第一、なりゆきであげたくせにそんな対応を期待するのが間違ってる。…実際に妬かれたらちょっと申し訳ない気分なんかを味わってしまうかもしれないし。
 自分の浅はかさを笑いながら、そっと棚の方を見る。
 なにやら用途不明な道具を収める棚に不釣り合いな、色とりどりの愛らしい人形。
 色とりどりで、形それぞれ。だけど、数多く並んだそれは、今や全種類集まるのも時間の問題かもしれない。
「…小町さん」
「なんでしょうか?」
「これ、邪魔だったら捨ててくださいね」
 僕が持っているよりはとついつい置いていってしまったが、もしかしたらゴミを押し付けているようなものだったのかもしれない。
 ゴミというには少々豪華だが、興味がなければそれと同じだ。
「…捨てることはできませんよ」
「? 僕が勝手に押し付けてるんだから、いいじゃないですか」
 それとも好きだったんだろうか。そういえば帽子にリボンとかついてるし。案外好きなんだろうか。
 …それならもう全種類コンプの勢いで―――いやいや女に貢ぐ男ってどうなんだ。
 密かに悩んでいると、袖で口元を隠した彼女が僅かに俯く。珍しい。
「…好きな方のくださったものですから」
 ………………。
 またさらっとなんか言いましたねこのりゅうは。
「風矢さん?」
「…いや、その」
 押さえた頬が焼けそうに熱い。隠した口元がどうしよもなく緩む。
 ああ、本当に……
「…君には敵いません」
 ああ本当に。たまに死ぬほど可愛いから困る。
 わけがわからないと言いたげに微かに眉を寄せる彼女に、ぼんやりとそう思った。



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