昼にいじって離席させて以降、アランの眉間に皺が刻まれ続けている。
カフェでも人の輪から離れ、難しい顔で一人椅子に腰かけ宙をにらんでいた。
13.どこまで冗談が通じないんだ。
「なーに眉間に皺寄せてんの」
そうっと足音を殺して後ろから近づき、その首に腕を回す。ぐえ、と小さくうめき声が上がった。
「別に。ちょっと考え事していただけだ」
「そんなに深刻な顔しなくてもプランターの事はまだ誰にも言ってないわよ」
小さな声で囁いてやると、アランの耳が赤くなった。
「そんな昔の事は本気で忘れてくれ」
「い・や☆」
「………一応双子なのに発育に差があるのは不公平だ」
「で、なにそんなに悩んでるの?
おねーさまに話してみなさい。相談に乗るわよ」
アランのぼやきをさらりと流してそう言えば、暫くの沈黙の後、ぽつりと呟いた。
「……エル姉が死んだら泣くか考えてた」
一瞬驚きで動きが止まる。まさか昼の冗談に対してここまで本気に悩むとは思っていなかった。
ゆっくりと腕を解き、アランの向かいに腰を下ろす。
「真面目と言うか……あんた本当に冗談通じないわね」
呆れ交じりにそう伝えれば、アランの眉間の皺が1本増えた。
「最悪のケースは想定しておく事に越したこと無いだろ。
特にエル姉の場合色々噂は耳に入るし」
淡々とした口調ではあるが少しふてくされた様な響きが混じっているのが面白い。
「なーにー、あーちゃんったらやきもち?」
「気色悪いこと言うな」
心底嫌そうな顔で返された。やだひどい。
「で、結論は出たの?」
続きを促すと、あーとかうーとか唸った後、ぽつり、と小さな声で言った。
「……多分泣かない」
「……ふうん」
「姉さんが納得した結果なら、それで良い」
アランの視線が宙をさまよう。言葉を探すように、ぽつり、ぽつり、と紡ぐ。
「……でも、納得してない結果なら、多分泣くより……怒る、と思う」
「怒るだけ?」
「よその家の事に口出し出来るような立場じゃないだろ。いくら姉弟でも」
茶化すように問えば、苦虫をかみつぶしたような、という表現がぴったりな苦い顔で吐き捨てるように返された。
「それは置いておく事にして…どう考えても、納得しない方が立ち直るのが早そうなのが凄く不本意だ」
アランはぐしゃぐしゃと頭を掻くと、そのまま目を覆って椅子の背の方へと体重をかける。逆の腕がだらりと宙に揺れる。椅子がぎしりと悲鳴を上げた。
「つまりアランは私に悲劇的な結果が起きる事を望んでいると」
「どうしてそうなる。想像するだけでかなり腹立つから止めてくれ」
冗談交じりの言葉に間髪いれずに地を這うような声が返ってきた。本当、どこまで冗談が通じないんだ。
少しの沈黙の後、アランは姿勢を戻して目を覆っていた手を外す。その眉間には先程より深い皺が刻まれていた。
「……怒りという感情の向け先があるならまだ楽だろ。
向ける先の無い感情と、喪失感から立ち直るのはかなり大変なんじゃないかって思ったんだ」
不機嫌全開の表情で告げられた言葉に一瞬呼吸が止まった。ああ、本当にこの弟はなにを言っているんだろう。
「ペットロスってこんな感じなんじゃないか、とか思った」
次いできっぱりと告げられた言葉に一気に気が抜ける。
「……そこでペットロスを持ってくるあたりがアランの残念な所よねぇ」
大げさにため息をついて見せれば、アランは眉間の皺はそのままに不思議そうな顔をする。なかなかに器用なものだ。
「とりあえず、そんな事考え続けて眉間の皺が取れなくなるのはとてももったいない事だと思うからその皺伸ばしなさい。
ほらほらほらほら」
両腕を伸ばし、ぐりぐりぐりと両手の人差し指でアランの眉間の皺を伸ばす。
アランは一瞬驚いた表情で硬直したが、すぐにぺしりと手を振り払う。
「やめい」
「きゃぁ、家庭内暴力?」
「今の一連の流れでどうすればそうなる」
「今手を叩いたじゃない」
「ちょっと待てそれを言ったら冒頭の首絞めも立派な家庭内暴力になるだろうが」
「女の子は別ですー」
「なんだその女尊な主張」
「加減してるでしょう?」
「俺もしてるだろうが。全然力入れなかったぞ」
「でも赤くなったわよ」
「え」
ぽんぽんと言い合っていたアランの動きがぴたり、と止まる。その拍子に眉間の皺が取れた。
「悪い、爪伸びてたか……痛むか?」
「やあねえ、冗談よ。ほら」
ひらりと手を見せる。傷一つない肌を確認してほっとアランが息を吐く。
「……怪我しなかったなら良い」
そう言ってゆっくりと椅子にもたれかかる。あ、また眉間に皺が寄りだした。
「今日の所はその位にしておきなさい。あんまり先の事ばかり考えると疲れるわよ」
立ちあがってアランの傍に移動する。
「不確定な未来より、今ここにある現在を見なさい。その方がずっと楽よ」
そう言ってアランの固い髪を指先で梳く。
「……知ってる」
その言葉と同時に戻りかけていた眉間の皺がすっと伸びる。
アランは手を避けるように頭を動かすと立ち上がった。
「……なんか喉渇いた。
姉さんもなんか飲むか?」
先程とさほど変わらない声の調子で……でも随分と柔らかい口調で言う。
「飲む。お勧めのお酒で宜しく」
「弱いのに好きだな本当に」
こちらの発言に呆れたように言いながらカウンターへと歩いていくアランの後ろをゆっくり歩きながらこっそり笑う。
……本当にこの弟の反応は楽しい。飽きない。本人は斜に構えているつもりなのだろうけど、根っこが真っ直ぐなので非常に面白い。
先の事は分らない。この弟がどうなるのかも自分がどうなるのかも分からないが、とりあえず今分かる事が一つある。
棚の方を向いているアランの頭に手を伸ばして思い切りかきまぜる。
予想通りに嫌そうな顔をしつつも避けようとしないのをみて、唇に笑みが浮かんだ。
……とりあえず暫くは退屈することはないだろう。これだけは間違いない。
終了